よく若い人と話すと生きる希望がない、将来やりたいことも夢もない、生きててもしょうがない的な話しをされる
その答えになるかはわからないが、昔話をしてみる、長いし余り役に立たないと思うがスマン
自分も高校の時、信頼していた人に裏切られた気になり、学校で居場所がなくなったと思い一年ほどクラス内で浮いた存在になった
みんなが悪口を言ってると思い、どんどん被害妄想が悪化して、学校の行き帰り以外、独りで全く外に出られなくなり、どうやって笑うのかが、わからなくなってしまった
今思えば裏切ったのはこちらの方だったのかもしれないし、多少の悪口はあったのだろうけど気にするほどのことではなかったのだと思う
それにある教師が気が狂った人の話して、自分の鼻が視界に入ってくるのが気になって鼻を切り落としたという話を聞いた時、自分も鼻の存在が視界に入るのが気になってたので、このままいくとまずいと思った
これが更に悪いことなんだけど、色々本読んで調べて病名を広場恐怖症に勝手に決定した、素人判断は良くないね
でも学校は行かなくなったら奴らに負けだと思われると思ったので、死ぬほど嫌だけど通った、まあ負けず嫌いで気が強かったから、何とか心が保てたのかも
それに両親がびっくりするくらい無関心だったので何も言われなかった
ほぼ一年間、学校行く以外は、毎日部屋でゲームして外に一歩も出なかったら心配するだろ、まあ心配だからあえてふれなかったのかな
その時は毎日生きてるのが辛くて自殺や復讐を考えた、実行する気なんてないけれど、今思えば馬鹿げてて怖い話だね
でもその時嫌だった奴とかから結婚式の案内とか結構来たので、俺の被害妄想爆発してただけなんだなと思う
まー今になれば笑い話、その時の奴らにわだかまりなんてないし、人混みはちょっとだけ苦手だけど普通に生活できてる
なんで解決したかは、この話の一番重要なところなんだけど、はっきりとは覚えてはいない、気がついたら落ち着いてたと思う
今色々と辛いことがある人には、何事も時間が解決しますと言いたい、じゃあいつその時間がくるんだよって言われると気づけば過ぎてる事が多い
俺の場合は広く浅く積極的に色々な人に話しかけるようにした、多少は相手にもあわせたし、そうすると色々な趣味や興味を持っていることがわかった、そこで色々なグループの人と交流していたら、自分の居場所が自然と出来てきたような気がする
まあ大前提として、それほどまでに嫌われてはいなかったんだろうね
そりゃ大病や高額な借金とかの悩みは時間がたつだけではどうにもならない、でも自分の心の悩み、今の周りとの関係や自分の存在意義に対する疑問などの心の悩みは時間がたてばなんとかなる
悩みなんて人それぞれ、他人から見たら馬鹿げてても本人にとって深刻なら悩みだ、だからどんなに小さな悩みでもくだらないとは言えない
少しずつ良くするためにもマイナス思考では駄目、なるべく物事いい方に考えた方がいい、悪いことがあってもいいふうに考える、最初は暗示や儀式でしかなくても、だんだん習慣づければ自分の身につくから
例えば、いつも行く店が行ってみたら潰れてても、かわりに新しい店開拓できて良かったとか
仕事でトラブルあっても、トラブルを乗り越えて自分や周りが成長したり、信頼感が増したりすればいい
余り例え上手くないな、いかん
あと自分を卑下したり責める人は、たまには相手を責めた方がいい、そうしたほうが楽になる、そればっかじゃ責任転嫁野郎になっちゃうので、あくまでバランスよく
特にあなたを責めたり無神経な発言をするやつの言動をすべて真に受けてたらきりないよ
そういう奴は誰にたいしても、そういう風に無神経だから気にしてもしょうがない
あいつ他の奴にもあんな事言ってたら誰にも相手されなくなるぞ、くらいに思った方がいい
絶対にやけになって自暴自棄にならないで欲しい
これから生きていくと今以上の悩み苦しみも出てくるし、楽しいことだっていっぱいある
社会に出れば今まで自分が積極的に関わろうとしなかった種類の人達とも否応なく付き合う機会がくる
そうすると嫌なことも当然あるけど、新鮮で楽しいこともいっぱいある
毎日刺激に満ちた日々にあこがれる気持ちもわかるけど、そんなに毎日何かあると人間疲れてしまう
つまらない人生と思うか、楽しい人生と思うかは自分の気持ち次第
ほっといても明日は来る、それなら楽しくすごそうと思った方が得だ
don't be so seriousそんなに深刻に物事を考えなくていい、若いうちは背負うものもないし、人の道に大幅に外れなければ、いくらでもやり直しがきく
ケセラセラなるようになります、時間なんていっぱいあるのだから
人生そんなに悪いことばかりじゃないよ