京都周遊№101 真如寺・六請神社・等持院

 

 

金閣寺をあとにして等持院を目指し、途中、甘味処「ふうみん庵」、かんざし屋「ワーゴ」、京料理「錦鶴」といった店を覗いたりしながら「木辻通」を南西に向かって歩く。

 

 

 

 

金閣小学校の先の木辻馬代交差点で西に方向を転じる。

「きぬかけの路」という名前がついている。

 

きぬかけの路の道幅が広くなった辺りの南側一帯が「立命館大学」のキャンパスになる。

北側には標高201mの衣笠山がある。

 

立命館大前バス停の北側に「堂本印象美術館」が建っている。

大正から昭和にかけて京都で活躍した日本画家・堂本印象によって設立され、昭和41 年(1966)10 月に堂本美術館として開館した。

外観から内装まですべてが印象自らのデザインによっている。

見るからにユニークな建物は、今年の春までリニューアルのため閉館されている。

 

きぬがさ路から離れ、南へ向かうと立命館大学の建物が建ち並んでいる。

 

 

 

 

 

やがて「真如寺」の前に出た。

 

真如寺は、臨済宗相国寺派の寺で、山号は万年山、鹿苑寺(金閣寺)・慈照寺(銀閣寺)とともに相国寺の3つある山外塔頭1つになっている。

開山は無学祖元(むがく そげん)で、本尊は宝冠釈迦如来である。

 

 

 

真如寺の隣に「六請神社(ろくしょうじんじゃ) 」がある。

六請神社は、等持院創立以来その鎮守社として境内に祀られていたが、神仏分離によって現地に移った。

衣笠は、中世以来埋葬地となっていたところから霊を守る六地蔵の信仰と習合して六の字が社号に加えられ、古来衣笠山麓に鎮座していたので衣笠御霊とも呼ばれていた。

 

 

 

 

境内の奥に力石大明神がある。

 

 

奥に大きな石が祀られている。
この石は古来より祈願して持ち上げられれば、あらゆる力を授かると伝えられている。

今では神社で小石を授かり氏名・性別・年齢と願い事を書いて奉納すると、石を持ち上げたのと同じご利益があるという。

 

 

六請神社から道を隔てた西側、立命館大学の南側に隣接して「等持院」がある。

 

禅宗等持院と書かれた学校のような門から中に入る。

 

入ってすぐの右手に日本映画の父「マキノ省三」の像が建っている。

撮影所を等持院の境内に構え、この地で阪東妻三郎、嵐寛寿郎など多くの大スターによるチャンバラ映画が沢山生まれた。

 

マキノ省三は右京区京北町で生まれ、等持院に墓がある。

 

鐘楼を左に見て山門へ進む。

 

 

等持院(とうじいん)は、臨済宗天龍寺派の寺院で、山号は萬年山と称す。

足利氏の菩提寺で、境内には足利尊氏の墓がある。

 

 

等持院の発祥は諸説あるが、パンフレットによると暦応4年(1341)、足利尊氏が天龍寺の夢想国師を開山に迎えて、衣笠山の南麓に創建した。

後に、尊氏、義詮将軍当時の幕府の地にあった等持寺もこの地に移されて、足利将軍歴代の菩提所となったとある。

 

庫裏を入ると廊下の突き当りに達磨大師の屏風がある。

 

この祖師像は、天龍寺派の元管長「関牧翁老師」の筆によるものである。

天龍寺もまったく同じ達磨図があったが、天龍寺の方は前管長「平田精耕老師」の筆によるものだった。

ほとんど違いがないので二つ見比べてください。

 

          等持院                         天龍寺

 

庫裏から方丈へ回ると見事な庭園が広がる。

 

 

 

 

 

 

抹茶席で庭園を見ながら抹茶をいただく。

私一人だったのでゆったりとした静かな時間を独り占めする。

 

 

 

方丈から渡り廊下を渡ると「霊光殿」がある。

 

 

 

 

足利尊氏が日ごろ念持仏として信仰していた利運地蔵尊と、達磨大師と夢想国師を左右に従えた足利歴代将軍の像が安置されている。

 

 

庭に下りると足利尊氏公の墓所があった。

 

 

 

東庭には室町幕府、最後の将軍足利義昭の供養塔がある。

 

 

その両側には天才俳画家、赤松柳史の句碑「煩悩はたえず南瓜を両断す」と、その高弟・青山柳為の句碑「芙蓉池に風あるやなし落花舞う」がある。

 

 

方丈の北側にある庭園は、夢想国師の作として伝えられる。

 

 

 

 

 

 

庭園の西側へ回ると、芙蓉池越しの小高い所に「清漣亭」という茶室がひっそり落ち着いた佇まいで建っている。

 

 

清漣亭に上がってみる。

 

 

 

「司馬温公形」といわれる手水鉢が置かれていた。

 

 

司馬温公とは中国北宋時代の儒学者で政治家の司馬光のことである。

 

清漣亭から見る方丈もなかなか美しい。

 

等持院はこれまでとし、次の目的地「龍安寺」へ向かう。

 

等持院の北西側に隣接する「功運院」の前を通り、再び立命館大学のキャンパス沿いに西へ進む。

 

 

 

自動車も通れないような細い路地を抜けるときぬがさ路に出る。

 

 

きぬがさ路の龍安寺前交差点を越えると「大雲山龍安寺」の門柱が建っていた。

 

次回はつぎの土曜日「龍安寺」へつづく