●継続できないことよりも、次の一歩を踏み出せないことを問題視するべき


こんにちは、てくさです。


継続できないことよりも、次の一歩を踏み出せないことを問題視するべきです。


五月病になりやすいこの季節、ふと新卒のときの5月を思い出しました。


人の動機付け、やる気は自分で作るものです。
時と場合によることもありますが、
人から強制的に課せられたことにモチベーションは上がりづらいですよね。


やはり自分で自分を鼓舞しなければ自主性は作りづらいのです。


だから、未来の輝く自分を夢見て、自分ルールを誰しも作ります。
1日3時間勉強しよう。
テレビは見ないようにしよう。


しかし、こんなルールを作ったとしても結構破ってしまう人は多いのではないでしょうか。


私もそうです。


自分でルールづけしても結局自分でそれを破ってしまう。
そしてそんな自分に嫌気がさして、ルールすら作らなくなることってありませんか?
「決めてもやりきれないし・・・。」ってやつです。


でもこうも思うのです。


何も考えず物事に取り組むよりも脆く儚い自分ルールのほうがまだ力強い、と。
なぜなら、3日でも続いたらそれも成果だからです。


私が考える邪念というのは、物事を続けられない気持ちよりも
その事実に打ちのめされて次の一歩を踏み出せないことです。


邪念に負けてしまって、次の一歩が出せない場合の解決法について
次回は述べていきます。