刺激的なタイトルですが、
転職を経験した私の学びをまとめてみたいなと思います。
得るもの失うものありましたが、
将来の手に入れたい自分のためには近い場所にこれたのではと感じています。
私はプロフィールでも一部書いてありますが、新卒で不動産業界に入りました。
不動産と言っても商業施設部門の賃貸管理ですが、
当時ロードサイド型の商業施設が活発化したり、
アウトレット型施設が増えてくる直前でちょっとしたバブルだったと思います。
何も社会を知らない若造がすべて整えられた環境に入ったわけですが、
いろんな方と出会い、いろんな立場の方を見ているうちに自分に違和感を覚えたんですね。
いずれ私は地元で何か地域貢献できることをしたいと考えていましたし、
そのまま転勤族のままサラリーマン生活を続ける画は描けませんでした。
といっても、その会社を辞めてすぐ地元に戻るかと言っても、
ド田舎ですし、不動産管理のサラリーマンが戻ってもどう考えても
落差が大きすぎる、と考えたわけです。
仕事も楽しく、そのまま”楽しい”で済むならば一生続けてもいいかなと
半分休みもまともに取らず仕事に打ち込んでいました。
ただ仕事に夢中になりながら、平行にこのままでいいんだろうかという思いも
強くなってきて、最終的に去年の8月にその会社を退社することに。
同時あった安定した収入も半分程度に、さらには転居を伴い札幌へ。
結婚したばかりでよく妻は付き合ってくれました。
最初の不動産会社と地元とのクッションとして、立場も何もかも違う会社に身を投げてみようと
今の会社にいるわけですが、ぬくぬくとやってきた自分にとって理解のできないことだらけで
始めは非常に悩み苦しんでたと思います。
業務上の決裁はほぼ自分の手にあった。
収入を気にすることはなかった。
ほっておいてもお取引先様が情報も人脈も持ってきてくれる環境。
休みは不定期でしたが、自分でやった分だけ充実に変わっていく業務内容。
環境が変わり、肩書きもなくなり、今まで成しえられたものが何一つ思うように進められなくなって
ようやく気付いたこと。
前は会社の冠で思い通りやれた部分があった。
それはずいぶん虚しいことに気づいたものだと始めは少し落ち込んだりしました。
本当にここまで投げ捨てて、得たいものなんだろうかと後ろ向きになってしまったこともありました。
しかしながら、時間が増えました。
生活のリズムが安定し(土日休み・お盆も正月も休み)、
妻との時間は増え、旅行に行ったり一緒に過ごす時間は
以前の10倍くらいになったかもしれません。
そこで私はその時間をお金と同じような価値だと思い、ムダに垂れ流すのではなく、
前職ではできなかった自分の磨きの時間に充てようと考えました。
また情報も人脈も、自分で進んで行動しなければ得られなくなったことで、
いよいよ自分の足で歩くようになりました。
ひとつひとつ自分を見直し、よちよち歩きですが、
自力で前に向かって歩くようになったわけです。
最後まとめます。一度死んで気づいたことはこうです。
1.会社の冠を外しても今を歩ける力を得なくてはいけない。
⇒自己発信力・自分ブランドの育成
2.収入以外のすべての時間・経験も同じ価値線上で取り扱う。
⇒時間を無駄にしない行動・仕組み作りと周囲の洞察向上
3.業務以外の時間を充実させる。
⇒妻と過ごす共通の時間とその場所でしかできない体験の創出
4.常に真実の自分と向き合う(1~3)
⇒昔どうだったではなく、自分はどうしていたいか。
5.人との縁は自分から執着する。
⇒本当に繋がっていたい人とは自分から連絡する。そういう人はなくしてはいけない。
そのとりかかりとして、私のデータベースとするためのこのブログの存在があります。
成し得たい自分を完成させるために、この記録は続けています。
こんなに記録が続いていることもはじめてです。
それも皆様よりメッセージやペタをいただいているからだと思うと本当に感謝いたします。
今回も最後までありがとうございました。
転職を経験した私の学びをまとめてみたいなと思います。
得るもの失うものありましたが、
将来の手に入れたい自分のためには近い場所にこれたのではと感じています。
私はプロフィールでも一部書いてありますが、新卒で不動産業界に入りました。
不動産と言っても商業施設部門の賃貸管理ですが、
当時ロードサイド型の商業施設が活発化したり、
アウトレット型施設が増えてくる直前でちょっとしたバブルだったと思います。
何も社会を知らない若造がすべて整えられた環境に入ったわけですが、
いろんな方と出会い、いろんな立場の方を見ているうちに自分に違和感を覚えたんですね。
いずれ私は地元で何か地域貢献できることをしたいと考えていましたし、
そのまま転勤族のままサラリーマン生活を続ける画は描けませんでした。
といっても、その会社を辞めてすぐ地元に戻るかと言っても、
ド田舎ですし、不動産管理のサラリーマンが戻ってもどう考えても
落差が大きすぎる、と考えたわけです。
仕事も楽しく、そのまま”楽しい”で済むならば一生続けてもいいかなと
半分休みもまともに取らず仕事に打ち込んでいました。
ただ仕事に夢中になりながら、平行にこのままでいいんだろうかという思いも
強くなってきて、最終的に去年の8月にその会社を退社することに。
同時あった安定した収入も半分程度に、さらには転居を伴い札幌へ。
結婚したばかりでよく妻は付き合ってくれました。
最初の不動産会社と地元とのクッションとして、立場も何もかも違う会社に身を投げてみようと
今の会社にいるわけですが、ぬくぬくとやってきた自分にとって理解のできないことだらけで
始めは非常に悩み苦しんでたと思います。
業務上の決裁はほぼ自分の手にあった。
収入を気にすることはなかった。
ほっておいてもお取引先様が情報も人脈も持ってきてくれる環境。
休みは不定期でしたが、自分でやった分だけ充実に変わっていく業務内容。
環境が変わり、肩書きもなくなり、今まで成しえられたものが何一つ思うように進められなくなって
ようやく気付いたこと。
前は会社の冠で思い通りやれた部分があった。
それはずいぶん虚しいことに気づいたものだと始めは少し落ち込んだりしました。
本当にここまで投げ捨てて、得たいものなんだろうかと後ろ向きになってしまったこともありました。
しかしながら、時間が増えました。
生活のリズムが安定し(土日休み・お盆も正月も休み)、
妻との時間は増え、旅行に行ったり一緒に過ごす時間は
以前の10倍くらいになったかもしれません。
そこで私はその時間をお金と同じような価値だと思い、ムダに垂れ流すのではなく、
前職ではできなかった自分の磨きの時間に充てようと考えました。
また情報も人脈も、自分で進んで行動しなければ得られなくなったことで、
いよいよ自分の足で歩くようになりました。
ひとつひとつ自分を見直し、よちよち歩きですが、
自力で前に向かって歩くようになったわけです。
最後まとめます。一度死んで気づいたことはこうです。
1.会社の冠を外しても今を歩ける力を得なくてはいけない。
⇒自己発信力・自分ブランドの育成
2.収入以外のすべての時間・経験も同じ価値線上で取り扱う。
⇒時間を無駄にしない行動・仕組み作りと周囲の洞察向上
3.業務以外の時間を充実させる。
⇒妻と過ごす共通の時間とその場所でしかできない体験の創出
4.常に真実の自分と向き合う(1~3)
⇒昔どうだったではなく、自分はどうしていたいか。
5.人との縁は自分から執着する。
⇒本当に繋がっていたい人とは自分から連絡する。そういう人はなくしてはいけない。
そのとりかかりとして、私のデータベースとするためのこのブログの存在があります。
成し得たい自分を完成させるために、この記録は続けています。
こんなに記録が続いていることもはじめてです。
それも皆様よりメッセージやペタをいただいているからだと思うと本当に感謝いたします。
今回も最後までありがとうございました。