中学生のころ、学校でのありとあらゆる事に疲れ果て不登校生活をおくりました。両親や姉妹達のメンタルをズタズタにしながらも「家族に迷惑かけてなさけない。消えてしまいたい、でも今しんだら家族が悲しむなぁ」と1日1日を家族に支援してもらいながら生きていました。


あー、生きてるのしんどい。

生まれて来なければこんなしんどい思いしなくてすんだのに。

なんで生きてるんだろうはやくしにたい。


と何度枕を濡らしたことやら…

人生における目標も無いので考えるのはもっぱらこの世から消えて苦しみから開放されたいということだけ。


このころの私に声をかけられるなら、「毎日つらくてしんどいよね。みんなに迷惑かけて、将来のことも不安でしょうがないよね。学校にいけたらどんなにいいかって思うよね。わかるよ〜、私今でも学校いくの無理だっておもうもん。無理よ無理!」ですかね。なんの解決にもなりませんね。これはね、解決しないんですよ。多分。できることはしぶとく生き残って「学校」以外の居場所を手に入れられる立場を手に入れる、くらいだと思うんですよね。多分ね。(少なくとも私はそう。)


まぁ、そんな生きづらくしんどい思春期に考えついた思想がこちらですね。


「子孫残せばその後しんでも家族の悲しみは軽減されるんじゃね?天寿をまっとうしたってことになるんじゃね?よし!子ども産むまで頑張って生きよう!女性として生まれてきたんやし子ども産んでしぬのが自然の摂理やろ!」


実際私が子どもを産んでも産まなくても家族は私がしんだら悲しみますし、子どもを産むってことは旦那がいてさらに子どももいますから悲しむ人間増やしてますやん、って感じで思想としては破綻してますね。

ただ、このときは将来への目標がほしかったんですよね。不登校なので進学も就職もできるかわからず、安直に「女だから産もう」くらいの浅はかさですね。さすが思春期。ただ当時の私の中では暗闇の中の小さな道標でした。生きててもいいよって思いたかったんかな?しにたい消えたいって考えるのしんどいよね、うん、考えなくていいかも!とりあえず生き延びよ!OKOK!


まぁ、そんな感じで生き延びまして、親の財力にも助けられ、幸運にも大学を卒業し、普通に就職でき、経済的にも精神的にも安定した伴侶に恵まれ、さぁ!我が子!いらっしゃい!!だったわけです。24歳でしたね。まさかその後9年不妊で苦しむとは思いもよりませんでしたよ。


まぁ、そんな中こんな中、いざ子供ができないって事実に直面すると「不妊治療」が必要になるんですよね。当時の私としては自然妊娠(不妊治療をせずとも授かること)で授かることしか念頭にありませんでしたから、不妊治療のため婦人科にかかるまでにかなり葛藤しました。


なぜなら私は消えたいしにたいと思いながら生きてきた人間なので、自然に誕生するならまだしも、不妊治療をしてまで子どもを誕生させる責任を背負うことが恐ろしくなったのです。


これは完全に私のなかの線引きなんですけど、自然妊娠だったら「ママとパパが結婚したからあなたが生まれたのよ」と、あくまで自然発生的に起こった事象を装うことができるんですよ(自分自身に、です)。

ところが不妊治療(私は体外受精〜顕微授精までしました。)となると話は別です。たっかい診療費を払い、故意に細胞を操作し、それに伴って障害がでるかもしれない。子どもはそれで幸せになれるのか、そもそも子どもを産むのは私のエゴでしかないんだからここらでやめとくのも選択肢のひとつじゃないか。


(最近Xで「反出生主義」を掲げてるアカウントをみかけました。ふふん、私はそんな主義があることも知らない時からその思想にはたどり着いていたんだよ、と得意気になったりしましたね。)


夫婦で話し合い取っ組み合いしながらようやく30歳から体外受精へと進んだんです。旦那さんが子ども欲しい人でしたのでね。高校生のころの夢が私と結婚して家庭をもつこと、だった人ですしね。なんかあったら彼と責任を半分こして背負って生きていこうと決めましてね、とうとう子どもに恵まれました。


産んでみてわかったんですけどね、

こども、めっっちゃかわいい

これはね、産まなければわからなかった。

産んでみて、はじめてみえる景色がありました。

旦那とも話したんですけど、我が子だけでなく、まわりにいる子ども全てが8割増しで可愛く見えます。あぁ、こんな世界があったんだなぁ、毎日大変だけど、こんなかわいい子たちが私たちと一緒に暮らしてくれてるなんて夢のようです。


何が書きたかったのかよく分からなくなりました。

これ、あれじゃない?「私の人生大成功٩(ˊᗜˋ*)وうぇーい♬︎♡」って自慢したいんじゃね??

ぅわっ、やな奴!!

って思った方、それなのにここまで目を通してくださってありがとうございます。


思春期のころの私、生き延びてくれてありがとうね。