ぼんやりとかんがえていたこと。 | なんとなく なんとなく。

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基本 勝手な 思い込みを書いているだけなので
なんの 情報もありません。
でも 読んでいただけるのなら 幸いです。

ミーシャが何を考えていたのかは、わからないけれど悪気があったわけはなく、良かれと思ってしたことが、それぞれのTPOに合っていなかっただけだと思う。

 

この件で 羽生選手との間に距離が出来、ギクシャクするようになったり スルーするようになったら 悲しいなとは 思う。

 

羽生選手に、誠実であることや聡明であること、人を思いやるこころや、共感力、繊細なところなどを 求めたり、その個性をほめたたえたりする方のなかに、その特性を理解しながらも その反面 細かいことに気をとられること、やらなければならないことに対して責任を強く感じることを否定する人もいる。 

 

すべての事柄は、良い面悪い面、両面持ち合わせるもの。 ちょうどよく顕在化させることなど 後からならば何とでも言えるし、自分のことでなければ何でも言える でもそれを実際 己のこととしてやれている人間はどれほどいるのだろうか。

人としてすごくがんばっている人に対して、さらになにかをやれなどと 私にはいえない。

 

ひとを批判するとき 我が身を照らしてみなければと 感じる。

 

たいがい それにこだわる自分に 問題があるのだと 気がつく。

そして、それを 声高に指摘できるほどの自分なのかを 考える。

 

 

 

わたしは いきいき生きているとは いいにくい。

一生懸命に生きているとは いえない。

精一杯の努力や、創意工夫などからは 遠くはなれたところにいる。

そうなりたいと 願う反面、出来ない理由ばかりを積み重ね ラクしている。

 

そういう自分が すこしでも 善くありたいと願うようになり いますこしと努力するようになり、自己満足でしかないけれどがんばれるようになり すこしでもがんばれると うれしくなり、たとえうまくいかなくてもやれたことに感謝できるようになり また次をと思えるようになった。

 

なんでも できるわけがなく、むなしいと思うこともあるけれど それでも やらないよりはやったほうがいいと 前向きに考えられるようになったことに 感謝しかないの。

 

 

 

彼と 彼の周囲と 彼に直接何かよいことが出来る人に対して 感謝したい。

彼は ひとりで生きているわけではないのだから。

彼の今後の人生のために 必要な人たちだろうから。

 

 

 

ファンは 関係者ではない。

直接何かを 出来る立場にたってはいけないと思う。

 

もちろん、直接彼に対して ひどいことをする人は いないでほしい。

このこころが 今回の件の 騒動の元なのではないかとも 感じる。

 

 

 

 

日本のマスコミは 開かれた平等な報道という点で世界からの評価が低く、なにかとバイアスがかかっていると いわれている。忖度なのか直接の利害関係なのかはわからないけれど。

 

そして、羽生選手の行ってきた素晴らしい行為や 業績は過小評価されたり、スルーされることが多いことが、ファンのこころにむなしさをはびこらせる。

 

自分には何も出来ず、彼の役に立つようなことは本当に何も出来ない。

そのむなしさが、見つけた過誤を必要以上に 気にしすぎ 自分にも出来ること 世界への発信を使って 必要以上に糾弾することで 自分のこころの平安を求めるのだろうか、わたしにも出来ることがある、彼の役に立っていると...。

 

 

でも ほんとうは 今後も生きていく 羽生選手が望む形になることを 優先するならば 自分が出張っていいことと 悪いことは よくよく考えなければならないと思う。

 

誹謗、中傷、捏造して 彼を 傷つける人たちには 正規だと思われる方法で申告、報告、通報 する という 直接的ではなく、達成感はない方法ではあるけれど 同じようなところに行かずに 制止させたい。

 

もちろん、話して わかってくれるなら、話せる方法があるなら それもいいのかもしれないけれど。

 

 

むなしくなったとき、感謝できることを 思い出すといいと思う。

 

彼の演技を 見るだけで いい。

 

ありがたいと 思えるから。

 

本当に 有り難い 人なのだと、そして その人と その人が まわりにいてほしいと望んだ人たちを 信じたい。

 

彼は こわれものではない、儚く繊細でやわらかいものだけれど、賢く強くしたたかでもある。

 

ただの こわれやすいひとが オリンピックという魔物のすむ場所で 2連覇などという 偉業を達成させることが 出来るわけがないのだから。

 

本人の努力、運、そして周囲の人の協力を得られるように行動すること それらのすべてを 持続させてこなければ 成し遂げられなかったことでしょう?

一時ではないのだ、長い年月かけて 彼が 積み上げ、積み重ね がんばってきたことなのだ。

 

彼は 優しい、けれど 冷静でもあり 強い。

彼は もろく儚い、けれど 情熱的であり 頑固。

 

 

ほんとうに 多面体で おもしろく すばらしく 興味を引かずにはいられない人。

 

 

彼を 知ってしまえば かかわりあいたくて たまらない。

 

けれど ストーカーも 待ち伏せも 盗撮も してはいけないこと。

 

ほんとうに、彼は 欲望を刺激する。 渇望させ 求められる人。

 

 

カリスマとは そういうもの。

 

 

だからこそ 大切に 尊重して欲しい、本人が本当に望むことを。

 

 

誰かを糾弾しそうになったときは、自分を振り返ってみる。

自分はミスをしない人間かどうか、思い違いや うっかりやちょっとした甘えがないか間違いなく見分ける目があるのか。

 

 

少し、対象から 離れてみる。糾弾するよりもほかに 変えられるものがないかと。

 

 

自分に問う、執着か偏見か思い込みか そういう困ったものがないのかと。

 

 

ほかのひとに、関係がないのに そんなこと 言わないで と 思うなら、自分が それをしないように 気をつけたいと 思う。

 

 

 

 

どうか、みんなのこころに 平安を。

 

 

 

上手に ツイッターで すてきな言葉を 並べている人たちもいる。

 

 

 

なにかあったら、すてきな言葉を捜して、彼を讃えることを。

それを見て、しあわせになる。

 

すこしの 余裕やゆとりが 大切。

 

 

 

 

 

本当に 大事なことなら 本人が するし、できる。

 

あんまり こころを いためないように。

 

自分自身を 大切に。