ネットの記事です。
気にしなければいいのだし、読みに行かなければいいのですが...
この方については、羽生選手のファンであると 考えている人と、そうじゃないっぽいと 感じている人と 分かれるような気がします。
いわゆる、真っ黒な感じはしないけど、どこか 気に入っていない部分があって ちょっと つつきまわしたいと いう感じがするのは、いなめないとおもう。
こういう いいまわしが 彼の特徴だといわれても、その前の回に書かれている 直美ちゃんへの文章は至極全うで よんでて そうだよね~ ポップアイコンだよね~と つい 思わされてしまったし、うん 軽やかで いいかも~~と うっかり 相撲協会のあれこれを 流してしまいそうになりました。まぁ、体重があるということが disりだと いわれれば そのとおりとも 思いますが....。
どこか、執着というか、ねちっこいというか、まぁ 無理も無いかなとは 思うけれど....。
どこか 落とさずにはいられない感が ぬぐえない~~~~。
本当に好きじゃなきゃ 書かなきゃいいのにとは 思うけれど お仕事なんだから 仕方ないわよねっても 思うし...。
すこしずれているかもだけれど、銀盤のスケート漫画を描いていて、仲良しさんとツイッターでがんがんに羽生選手の悪口を言い合って なおかつ売れるためには描かなきゃならないんだよと 言い捨てていた漫画家さんを思い出す...。
ほんとうに好きなスケーターのことを描けばいいのに。
実際に行ったわけではなく、ツイッターか、新聞か週刊誌で読んだかで 書くことがなんだか アンチと同じ目線だし、そこをおもしろがっているんだけれど、「ユズリスト」とファンを呼称する時点で あぁ マスコミのひとだなぁと 実感するわけで...。しかも 上手なのは 系 を つけて あくまでも 一部のと いういいぬけも 付け加えているところが なんとも...。
しかも、そういうところにファンが反応することがわかってる上で、そういわれたってと自分を肯定しつつ結局いいたいことは「悪魔」って、最後に本望などをつけたところで要するにどこか気に入らないのよねってことが いいたいのかなって 思わされてしまう。
いま 流れが出来つつある 羽生選手のファンって狭量でこうるさいとか、こわいとか、なんだか そういうことを表明するための記事かなぁと。
「悪魔」は、わたしにとって 「あざとい」と 同じかなぁ。
悪魔は 美しく、言葉巧みで能力がある。 けれど、人間を堕落させるものであり、その意思を持って行動するものだと思う。
そのことばの 本来の意味をみると、それを使う人のもっている イメージが 浮かぶと思う。
だまされる ということ。
悪意があるということ。
まぁ、あざとい という言葉は 本来の意味を知らなかったと、そういう意味じゃなかったといわれれば、そうかなとは 思うけれど、悪魔 はね....さすがに。
まぁ、ただ 言葉のインパクトを狙った のかも 知れないけれど...。
それを選んだところに 深層心理が 働いているんだろうなと感じるんだけれど。
どんなファンでも自分で ファンだ といえばファンだと思うけど、利益がからむと色々と違う流れが出来ると思うし、興味を持って観察していることとファンであることはすこし違うと思う。
憎みながら執着するのが アンチだとすると 愛をもって執着するのがファンだとも言えるかもしれない、愛と憎しみは表裏一体で 何かをきっかけに くるっと 転じてしまうこともあるかもしれない。
距離を置いて 観察するに 徹すれば、うっすらと 楽しみながらも 熱くもならないし ぐちゃぐちゃにもならないけど すんげ~喜びには 巡り会えないんだろうな。 でも そういうスタンスが好きだっていう人もいるだろうし、そういう風にしか振舞えない人もいるのかもしれない。
すべては、人生。
やっぱり、言葉には 生き方が、行き方が でるのかなぁ。
実際に、会った人と、演技を見た人と、ただ 報道を見ている人だと ちがうのかも。
見る側の こころの ありようが 見えるものを変えることがあるとは 思う。
AERA dot.
https://dot.asahi.com/wa/2018042700045.html?page=1
ミッツ・マングローブ 「最強の男・羽生結弦。 アイドル、演歌、そして・・・」
連載「アイドルを性せ!」
ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「羽生結弦」を取り上げる。
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今週で連載100回目です。ありがとうございます。この2年間、何が驚きって、似顔絵の上達ぶりではないでしょうか。昔から空間把握能力が著しく乏しい私は、頭に思い浮かべたものを絵に起こすことが苦手なのですが、顔の写生は化粧と同じ要領だと気づきました。言い方を変えれば、私の化粧テクはこの似顔絵と同レベルということです。そしていまだに横顔や全身は描けません。肩から腕が生えたりします。
記念すべき第1回のアイドルは羽生結弦さんでした。彼のことを書きたいがために連載テーマを『アイドル』にしたようなもの。今も頂点に君臨してくれているのは嬉しい限りです。君臨どころか、その進化はまさに天井知らず。近年、こんなにも色々な意味で目が離せない人は他にいません。先日から都内百貨店で催されている「羽生結弦展」には、連日長蛇の列ができ、オークションに出品したスケート靴は1億円を超える入札があり、急遽仕切り直された結果850万強で落札されるなど、いよいよもって羽生結弦の『値打ち』というものが如実に数字や値段に表れるようになってきました。しかも件(くだん)のスケート靴を競り落としたのが、あろうことかギャル御用達セレブ風ブランド『サマンサタバサ』だったというからびっくり。日本橋高島屋で羽生くんのクリアファイルを大量買いした上品なユヅリスト系ご婦人たちが、スケート靴(各地のサマンサタバサ店舗にて展示キャラバン中とのこと)見たさついでに、紗栄子チックなピンクのバッグや、ミランダ・カー監修の長財布を手に取るのかと思うと興奮します。ブランドの整合性は大丈夫?
一方で、オリンピックが終わり2カ月になりますが、フィーバーは収まるどころか、本人プロデュースの凱旋イベントや、待ちに待った祝賀パレードが地元・仙台で行われるなど、かなり精力的です。私はただひたすらその一挙手一投足を画面や紙面越しに追いかけるだけなので、熱狂的な『ゆづファン』の方たちからすると「そんなのファンじゃねえ!」と糾弾されそうですが、私は私なりに熟成された熱量で羽生くんを応援していると自負しています。それでも、羽生くんに関して何か言ったり書いたりするたびに「彼を“アイドル”と呼ばないで!」とか「羽生くんを“演歌”と表現するなんて失礼!」とか、それこそアイドルや演歌に対して失礼極まりないんじゃ?と思うようなご意見をたくさん頂戴します。しかしながら、『アイドルであり続ける』こと、『演歌(様式美)の精神を貫き通す』ことは、私にとって尊敬と憧れの念を抱き得る最強のスペックです。
そんな中、先のアイスショーにて、私の羽生熱をさらに煽る垂涎級の『ゆづ語録』が飛び出しました。集まったファンに向けて「いっぱいいろんな声が聞こえて、もう聖徳太子になった気分だよ(ハート)」「もうキャーキャーワーワー言ってやってくださいッ!」。極めつきは「ソチ落ちの人~? ピョン(平昌)落ちの人~?」。この『落ち』とは、「恋に落ちる」の『落ち』であり、要は「いつから僕に惚れてるの?」と自分から聞いちゃっているわけです。参りました! 鼻血出そう! そして心の底から「ワーキャー」叫ぶユヅリストさんたちの姿……。羽生くん、あなたは最強の『悪魔』です。日本国民『全落ち』します。本望です。
※週刊朝日 2018年5月4-11日合併号