第14代王・宣祖(ソンジョ)は、幼い頃に観相師のペク・キョンから“王の顔ではない”と言われ、今も悪夢にうなされている。王の観相について書かれた書物『龍顔秘書』の存在が世に出ることを恐れる宣祖は、王の顔を持つ息子の光海君を疎ましく思っていた。
ある夜、『龍顔秘書』を狙う者たちが宮廷内の書庫に侵入する。そこに偶然居合わせた光海君は侵入者たちとの格闘の末、一人を取り逃してしまう。侵入者の腕には5つの点が描かれていた。光海君はその模様を手掛かりに侵入者を捕まえるために町に出て、身分を観相師と偽って調査を始める。そこで光海君は儒生の格好で男装しているカヒに出会い、その模様が王の星を示した星座だと教えられる。
16世紀末から17世紀初めにかけては、政権の派閥闘争激化や日本の侵略など、内憂外患に揺れた時代で、ドラマにもしやすいんだろう、この時代をテーマにしたドラマがいろいろある。
チソンの「王の女」(17.10.14記)を見たばかりだったので、光海君の扱い方に興味が湧いた。
兄弟を暗殺し政敵を粛清するなど、暴君として扱われてきた第15代王・光海君だが、外交手腕に優れ、税制改革の実施など、現代における歴史的評価は非常に高いらしく、「王の女」もそのような視点から描かれている。
根本的に違うのは、「王の女」が親子の確執と悲劇的な純愛路線だったのに対し、「王の顔」は観相学に惑わされた宣祖の異常なコンプレックスと息子への嫉妬。
大体、「王の顔」なるものは産まれた時の「相」ではなく、民の安寧に心を砕き国の平和を願う「王としての義務と責任を果たす」うえで生じてくるものではないのか。
そんなバカバカしい書物に支配されて、肝心の王としての責務を果たさないから「王の顔」になれないんだよ、宣祖王(イ・ソンジェ)よ。
朝鮮王朝史上最も長い世子時代(16年間)、常に殺される脅威にさらされていた光海君(ソ・イングク)だが、ついに王の座に就くことができたのは、人の心を読むことができる「観相」という武器があったから……というのも、あまりにも胆略的で面白くない。
キム・カヒ(チョ・ユニ)との恋も、「王の女」に比べて印象が薄い。
光海君と対決する観相師で謀反グループ大同契棟梁キム・ドチ(シン・ソンロク)との闘いも、ドキドキワクワクしない。
人間としての苦悩は、いろんなことが分からないからこそ生じるので、手相や占いで未来が見えちゃったら、こんなつまらない人生ってないよね。
ソ・イングクは好きな俳優ではあるけれど、これは評価できなかった。本人の演技力というより脚本と演出のせいで。
イ・ソンジェはなかなか良かったと思うが、ただ、ソ・イングクと比べてどこが王の顔らしくないのか、私には分からんかったわ。
キム・ドチ、悪役が上手い。
チョ・ユニも可愛いけれど、三大悪女と言われるほどの凄味に欠ける。
*結局、3話分しか書き終えることができなかった
今年はいろいろ忙しかったため、長編ドラマは無視して短めのものを選んで見た結果が、ブログにメモを残せないこととなってしまった。
実は今年は、12本も視聴終了しているのだ。来年1年で書き終えるかどうか……