Jadge

審査員は生まれるもので、作られるものではない。とても犬が好きである事と、更に優れた感覚がなくては、この困難な任務を全うし得ない。猟犬の行動は、多種多様であり、これを全て言葉や文字で表現する事は不可能に近い。この変化する行動から、その犬の知能・嗅覚・勇気・判断力等を評価する事は、深くて永い経験のある方だけが可能である。私は既に、審査の基準となるべき、つまり優れた猟犬の理想を掲げ、そのビジョンを明確に示したが、今回は更にこれを分解し、各行動についての具体的な解説を試みて、比較的経験の浅い人たちに対する指示としたい。


1.スピードとレンジ
まず競技会において、最も人目を引くのが、スピードと歩態の美しさ、力強さ、それにレンジである。美しい歩態で力強く、又は軽快に走ることは、トライアルで誰でも臨む事ではあるが、スピードが速過ぎて短時間で疲労したり、ゲーム・セントを捕捉しない程に早くてもいけない。但し、ゲームの居そうなブッシュや林では、歩態を緩やかにし、ゲームの居そうも無い所は素早く走り抜ける。要するに歩態の変化を常に示していく事が優れた猟犬の一つの条件である。レンジとは犬の知能と本能的な衝動、つまり猟欲とが地上に現れた範囲というべきもので、地形に応じて広くも、また狭くもハンドラーの前方左右を、風を利用して捜索する事である。徒らに全速力で駆け回る犬や、常に行なった道を戻るカットバックを繰り返す犬、更にハンドラーの後方へ狩って行く、バックキャストの犬は、既に良き猟犬としての資格の無い犬である。成長した鳥猟犬は、ゲームの体臭を求めて行く事が要求される。従って、足臭によって捜索する犬は望ましくない。猟犬に大切なことは、自らの知能とバードセンスによって、猟場を見事に繋いでゆく事であって、美しい歩態だけを見たり、知能の低い犬の力走に惑わされる事は警戒すべきである。


2.ゲーム認定(ポイント)
犬がポイントする事は、ゲームの多少により運が大きく左右する。勿論、ポイントの度数で犬の能力を評価する事は妥当ではない。ポイントには幸運にも努力せずになし得たものと、困難なゲームを犬の知力とセンスによって努力して成し遂げたものがある。この場合、同じポイントでも後者が高く評価されるべきである。ゲームセントに確然とするポイントが望ましく、足臭や残臭に惑わされウロウロした末に、辛くもなし得たポイントとはその評価が同じであってはならない。


3.アンプロダクティブ・ポイント(空ポイント)
ポイントした場所にゲームが居ないときは、空ポイントと認められる。但し、犬がポイントし、ハンドラーの指示を受けずに、自らこれを否定して前進した時は、ゲームが野生雉の場合は、これを空ポイントと判断するのは妥当ではない。また、この同じような状態が再三繰り返される場合は、この犬の嗅覚か判断力に疑問が持たれるのは当然である。


4.蹴出しとゲームを置いて行く事
ゲームの蹴出しとか、ゲームを置いて行ったと判断する前に、先ず、その時の風向きを充分考慮に入れて判断すべきで、風下に居るゲームに対しては、如何に優秀な犬であっても、この体臭を補足し難いもので、当然、風を利用して捜索し得る地形であったかどうか、これが犬の過ちか否かについては、充分に考えてやるべきである。その時々の風向き、地形に特に注意を払うべきである。


5.スタンチネス
犬がポイントし、ハンドラーが出て来て、追出しの命令があるまで、そのまま静止する事である。


6.バッキング(バック)
相手犬のポイントを視野した時、直ちにバックは行なわれるもので、以前はそのままの姿勢で居る事を要求されていた。また、欧米に於ける如く、ステディネスを強く要望されている処では、バックはゲーム追出しが終わるまでに静止する事を要求されている。但し、我が国猟野での野雉(二ホンキジ)は這送に優れ、その上、我が猟野の状況は、複雑である為、犬に追出しを命じている。従って、現段階では「ステディネス」は事実上要求されていない。多くの実猟上の経験や競技会における優秀犬の演技等から考えて、このバッキングの「不動の静止」は、時によっては異なった考え方をするのが妥当のように思われる。相手犬ポイントを視認し、一度静止しても更に相手犬に接近し、また控えの態度を見せて「ダブルポイント」に入るも可、またポイントした相手犬がゲームに這送されておったり、また全くの空ポイントの場合は、一気に否定して走り去る事が不可とは云い難い。尚、常に相手犬を意識してバックを数多く見せる犬は、多くの場合に創作力の無い犬である。欧米では、バックは命令によって犬に指示しているが、我が国の今日では、犬自らがこのバッキング能力を持っている場合が多い。


7.追い啼き
ゲームが飛翔した際に、これを追って啼く事を「追い啼き」というが、この追い啼きは激しく興奮状態を示す様では、冷静を要するゲームの取扱に支障がある為に不可であるが、僅か数声程度で、強い興奮に陥らないものは、問題にするに当たらない。尚、相手犬を追って啼く場合があるが、これも激しくない場合は同様である。但し、この場合、啼く事よりも、相手犬を追従した事の方が批判されるべきである。


8.コースに沿っているか
時に索鳥能力の強い犬、よくブッシュに姿を隠すが、この時は犬の這入った場所と出て来た場所が進行方向や、風向きに順じているかを考えて、競技時間の3分の1の時間に対して、姿を視認出来なくとも許容すべき範囲である。
次にダービー犬(若犬)の審査において、許容されるべき猟技について考えてみよう。ダービーは訓練が極めて少ない年齢であって、成犬と同じように審査される事は妥当ではない。スタートと同時にダッシュしても、その進行方向が反対方向でなければ、何処の方向からゲームを捜索しても良い。決められたコースを外れても、やがて戻って来れば、認めてやるべきである。成長した英セッター、英ポインターは、風を利用して捜索する事が条件であるが、ダービーの年齢では足臭と体臭を使用しても良い。但し、持って生まれたバードセンスと限られた経験訓練によって、速やかにゲーム発見に至ることが望ましい。力余ってゲームに接近し過ぎてフラッシュさせる事もあるが、かかる犬は空ポイントを度々繰り返したり、深長過ぎる犬よりも、優秀な成犬となる素質がある。勿論、ポイントしたら静止して、命令を待つべきである。カットバック、バックキャスティングおよびトレーリング(追従)をしてはいけない。ダービー犬の演技は、活気に満ちた若犬らしい敏活な動作と、勇気のある気力に富んだものである事が望ましい。


9.パピー(幼犬)の審査について

パピー(幼犬)を審査する際は、生まれつきの能力、つまり素質だけを考慮に入れなければならない。
A.猟欲 B.嗅覚 C.頭脳 D.勇気 E. 体構 F.視聴覚 G. 歩態 等、これらの素質の上に将来、優秀な猟技が築かれていくので、この素質の一つが欠けても、クラスの高い猟犬とはならない。パピーの競技で最も目立つのは、ランニングとレンジである。美しく力強い歩態と、適当に広い捜索範囲を示した犬でないと、先ず高位入賞はあり得ない。但し、如何にパピーとはいえ、只「キレイ」に走っただけでは、この犬の将来性を望む事は出来ない。必ずゲームの付き場と思わせるような場所を目掛けた目標のある仔犬は広い捜索を示す。勿論、猟欲の強い事はパピーの行動の全ての根源である。行った道を帰って来るカットバックや、後方へ狩って行くバックキャスティングを度々繰り返す素質は、後々までも残って行くものである。尚、パピー時代に既に風向きを知っているような動作を見せる犬があるが、あまりにも細かく捜索する犬や、左右に鼻を動かしてゆく犬は、大体その動きに敏覚性を欠き、将来ゲームに突進する決断力を欠くものが多い。勇敢にも要所には気を配りながらも、思い切って延び延びと走り込むものに良い犬がいる。


前にも述べたように、以上の定義は規則や基準ではなく、あくまでも審査に際しての参考として頂きたいものである。



*N・B・A 「審査員に対する指示」より抜粋