mentawai boat→trip 09 chapter 14 sing in...
灯りのついたサライナに戻るとみんながおかえりーと迎えてくれた。
サライナに帰ってくると我が家に帰ってきたときのようにホッとする。数日でこんな気持ちになれるのはなんだか変だけど、それほどこの数日でみんながひとつの家族(サライナ)みたいになっていたのだろう。本当に人のあったかさが船に充満していた。
それぞれ夕方あったことを簡単に話しながら、エネルギーを使い果たした体においしい晩飯。
そしてビンタンタイム。
和やかな雰囲気で話しているといつもクルーがくつろいでいる船の後ろにみたことのな現地人らしき人が・・・
たしかクルーは料理人のポヨンポヨン、に様々な雑用から掃除やディンギーの運転までこなす胸毛君、ペリー、サカタ(初めて名前を出すがアホの坂田に似ているから付いたあだ名)の3人に、船長のブリーフキャプテン(初めて名前を出すが大きな腹に水色のブリーフが似合っていたので付いたあだ名)
左がブリーフ、右がサカタ

それにスペシャルゲストのダイちゃんにオーナーデディだったはずなのにここに来てまた違う顔が!!!
「ねぇいっぺいくんあのひと今までいなくなかった??この船で今までみたことないっておかしくない?ずっと隠れてたのかなぁ」と驚きながら知らせるといっぺいくんも笑って「本当だーっ」とびっくりした様子。
あれあれ~?と思っていると誰かが「子供達だぁ~」と言った。
みんなで行くと大人が数人と子供達が7人いた。
え~なんでいるのと思ったら近くの島から小さなカヌーで遊びにきたらしい。
そして大人はエンジン付きのボートで。(わかりやすく言うと大人が車で子供がチャリンコ。みたいな)
「さっきからいたみたいでデディはこの島の子供達が好きで、ジュースやるから歌を歌えって、そしたら子供達喜んじゃって早速歌ったんですよ~」とたかさんが言った。
メンタワイに来る前に事前に渡されたメンタワイについて書かれてあった紙に「何か文房具など寄付できるものがあったら持ってきてください。」とあったので親がタンスの奥から見つけ出した絵の具セット2つと3-2と書かれたパレット(ねーちゃんが小学校3年のときに使っていたもの)、それに筆数本などを家から持ってきていたのを思い出し、「たかさん今この子達に日本から持ってきた文房具をあげるのはどうでしょうか?」たかさん「ぜひそうしましょう」
早速部屋に取りに行った。いっぺいくんもボールペンなどの文房具をいくつか持ってきていた。
もちろん彼らは英語がしゃべれないのでダイちゃんが代わりに道具の使い方を説明してくれて
「お返しにメンタワイの古い歌をお兄ちゃん達に歌ってあげて」と言っていた。
子供達ははじめ、みんなに囲まれて歌うとなると恥ずかしいみたいで歌いださなかったけどだいちゃんが優しくいい兄貴のように子供達と話すと歌いだした。
見守るみんな
俺の勝手な解釈だけどデディやだいちゃんは子供達に何かを得るためには何かを施さなきゃいけないということを教えたかったのかなと思った。ただ他所から来た外人から子供ってだけで何かもらえると思ってしまう変にこびるような子供達にはなってほしくない。
そんな親心的な気持ちが少なからずあるのかなと。
歌い終わって大歓声が起こりみんなと握手して
子供達は帰っていった。
嬉しかったのかデディはビスケットの大きな缶も、もたせてあげていた。
帰国後この子供達が歌っている姿をビデオカメラに撮って地元の仲間の家で見せたときに仲間の嫁さんが「子供を持つ親としてはこういうのは泣けてくるのよね、なんか可哀想で」
俺はまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。そんなつもりで見せたわけじゃないし、俺自身そんな気持ちは全くない。だって子供達は純粋に素直にすくすく育っているしそれの何が可哀想なのかと。
毎日、毎日どこかで誰かが電車に飛び降りたりしているような日本の競争社会や多くの責任とストレスの溜まった社会で生き抜かなければならない日本の子供達の将来の方がよっぽど大変じゃないのかとさえ思う。
物質的豊かさ、便利さは決して幸せに比例しないのだから。
この子達はこの子達の中のフィールドで大きな可能性を持っているわけだしそう思いたい。
あげた絵の具セットで誰かが絵を描く才能を見いだせてゆくゆくはこのメンタワイの自然を表現できる画家が生まれたならこんな素敵なことはない。
去り際に一言「頑張れ」って子供達につぶやいて、子供達は器用に船を漕いで帰っていった。またメンタワイにくる時は絶対何か持ってこようと思った。
リビングに戻ってたかさんが今まで撮った写真をざっと見せてくれた。それはそれは爆笑の連続。ワイプアウトの写真なんかワザとアップしてみんなでゲラゲラ笑ってた。
ひと息ついてもここで終わらないのがテンデーサライナ号!
船の前にみんな椅子を持って行ってダイちゃんとデディのギターライブ。
ダイちゃん歌うまいしデディとの息がぴったり合ってる。
クールなダイちゃんにアフロの演出が。
ダイマチャド(アメリカのサーファーでスタイルマスターであるロブマチャドの若い頃に若干似ていることから)というあだ名までついた。
みんなでビンタン片手にその音と空気に酔いしれていたら急に風がビュンと吹いてきて雨が降り出してきた。
椅子を持って部屋に戻りまた続きを。ペリーが参戦して今度はまたアップテンポな歌なども始まった。
あいちゃんが手で振って音を出す民族楽器を持ってきていたので参戦しいっぺいくんや俺もそこらへんの物を使って楽器代わりにしてちょっとしたバンドになっていた。
そのうちあいちゃんが2人のギターテクニックに驚いて、これなら自分の好きな日本の歌のギターを耳コピーしてそれで私が歌う~って言いながらなんども音を合わせていた。
外は星ひとつ無く雨と風が次第に強くなる中サライナはそんなのおかまいなしにいい音、いい笑顔、おいしいビンタンに溢れて今日も終わっていった。
サライナに帰ってくると我が家に帰ってきたときのようにホッとする。数日でこんな気持ちになれるのはなんだか変だけど、それほどこの数日でみんながひとつの家族(サライナ)みたいになっていたのだろう。本当に人のあったかさが船に充満していた。
それぞれ夕方あったことを簡単に話しながら、エネルギーを使い果たした体においしい晩飯。
そしてビンタンタイム。
和やかな雰囲気で話しているといつもクルーがくつろいでいる船の後ろにみたことのな現地人らしき人が・・・
たしかクルーは料理人のポヨンポヨン、に様々な雑用から掃除やディンギーの運転までこなす胸毛君、ペリー、サカタ(初めて名前を出すがアホの坂田に似ているから付いたあだ名)の3人に、船長のブリーフキャプテン(初めて名前を出すが大きな腹に水色のブリーフが似合っていたので付いたあだ名)
左がブリーフ、右がサカタ

それにスペシャルゲストのダイちゃんにオーナーデディだったはずなのにここに来てまた違う顔が!!!
「ねぇいっぺいくんあのひと今までいなくなかった??この船で今までみたことないっておかしくない?ずっと隠れてたのかなぁ」と驚きながら知らせるといっぺいくんも笑って「本当だーっ」とびっくりした様子。
あれあれ~?と思っていると誰かが「子供達だぁ~」と言った。
みんなで行くと大人が数人と子供達が7人いた。
え~なんでいるのと思ったら近くの島から小さなカヌーで遊びにきたらしい。
そして大人はエンジン付きのボートで。(わかりやすく言うと大人が車で子供がチャリンコ。みたいな)
「さっきからいたみたいでデディはこの島の子供達が好きで、ジュースやるから歌を歌えって、そしたら子供達喜んじゃって早速歌ったんですよ~」とたかさんが言った。
メンタワイに来る前に事前に渡されたメンタワイについて書かれてあった紙に「何か文房具など寄付できるものがあったら持ってきてください。」とあったので親がタンスの奥から見つけ出した絵の具セット2つと3-2と書かれたパレット(ねーちゃんが小学校3年のときに使っていたもの)、それに筆数本などを家から持ってきていたのを思い出し、「たかさん今この子達に日本から持ってきた文房具をあげるのはどうでしょうか?」たかさん「ぜひそうしましょう」
早速部屋に取りに行った。いっぺいくんもボールペンなどの文房具をいくつか持ってきていた。
もちろん彼らは英語がしゃべれないのでダイちゃんが代わりに道具の使い方を説明してくれて
「お返しにメンタワイの古い歌をお兄ちゃん達に歌ってあげて」と言っていた。
子供達ははじめ、みんなに囲まれて歌うとなると恥ずかしいみたいで歌いださなかったけどだいちゃんが優しくいい兄貴のように子供達と話すと歌いだした。
見守るみんな
俺の勝手な解釈だけどデディやだいちゃんは子供達に何かを得るためには何かを施さなきゃいけないということを教えたかったのかなと思った。ただ他所から来た外人から子供ってだけで何かもらえると思ってしまう変にこびるような子供達にはなってほしくない。
そんな親心的な気持ちが少なからずあるのかなと。
歌い終わって大歓声が起こりみんなと握手して
子供達は帰っていった。
嬉しかったのかデディはビスケットの大きな缶も、もたせてあげていた。
帰国後この子供達が歌っている姿をビデオカメラに撮って地元の仲間の家で見せたときに仲間の嫁さんが「子供を持つ親としてはこういうのは泣けてくるのよね、なんか可哀想で」
俺はまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。そんなつもりで見せたわけじゃないし、俺自身そんな気持ちは全くない。だって子供達は純粋に素直にすくすく育っているしそれの何が可哀想なのかと。
毎日、毎日どこかで誰かが電車に飛び降りたりしているような日本の競争社会や多くの責任とストレスの溜まった社会で生き抜かなければならない日本の子供達の将来の方がよっぽど大変じゃないのかとさえ思う。
物質的豊かさ、便利さは決して幸せに比例しないのだから。
この子達はこの子達の中のフィールドで大きな可能性を持っているわけだしそう思いたい。
あげた絵の具セットで誰かが絵を描く才能を見いだせてゆくゆくはこのメンタワイの自然を表現できる画家が生まれたならこんな素敵なことはない。
去り際に一言「頑張れ」って子供達につぶやいて、子供達は器用に船を漕いで帰っていった。またメンタワイにくる時は絶対何か持ってこようと思った。
リビングに戻ってたかさんが今まで撮った写真をざっと見せてくれた。それはそれは爆笑の連続。ワイプアウトの写真なんかワザとアップしてみんなでゲラゲラ笑ってた。
ひと息ついてもここで終わらないのがテンデーサライナ号!
船の前にみんな椅子を持って行ってダイちゃんとデディのギターライブ。
ダイちゃん歌うまいしデディとの息がぴったり合ってる。
クールなダイちゃんにアフロの演出が。
ダイマチャド(アメリカのサーファーでスタイルマスターであるロブマチャドの若い頃に若干似ていることから)というあだ名までついた。
みんなでビンタン片手にその音と空気に酔いしれていたら急に風がビュンと吹いてきて雨が降り出してきた。
椅子を持って部屋に戻りまた続きを。ペリーが参戦して今度はまたアップテンポな歌なども始まった。
あいちゃんが手で振って音を出す民族楽器を持ってきていたので参戦しいっぺいくんや俺もそこらへんの物を使って楽器代わりにしてちょっとしたバンドになっていた。
そのうちあいちゃんが2人のギターテクニックに驚いて、これなら自分の好きな日本の歌のギターを耳コピーしてそれで私が歌う~って言いながらなんども音を合わせていた。
外は星ひとつ無く雨と風が次第に強くなる中サライナはそんなのおかまいなしにいい音、いい笑顔、おいしいビンタンに溢れて今日も終わっていった。










