前回の記事で「完璧主義を手放してテキトーに生きる!」と宣言し、リラックスして始めたはずのこのブログ。

それなのに、いざパソコンに向かってコンテンツを作り始めると、顔の筋肉がガチガチに強張って痛くなってしまう現象が続いていました。


「あんなにラクな気持ちで書いてるのに、なんで体が悲鳴をあげるんだろう?」
その理由をAIと深掘りしていくうちに、ブログの書き方以前の、もっと根本的な自分の本質に突き当たってしまったんです。


それは、「私は子供の頃から、そもそも行動すること自体が好きじゃない」という事実でした。

思い返せば、昔から学校は遅刻しがちだったし、何かを生産したり動いたりすることに楽しさを感じたことがありません。「できればずーーーっと寝ていたい」、それが私の純度100%の本音だったんです。

顔の激痛は、肉体からの「ストップ!」のサイン

私たちはどうしても、社会の中で「動いて成果を出すこと」や「経済的に自立すること」が正しいと刷り込まれて育ちますよね。

だから、専業主婦でお風呂に入ってのんびりしているだけの時間に、心のどこかで「自分のお金じゃないし…」と罪悪感や息苦しさを抱いてしまっていました。

その息苦しさから抜け出したくて、「好きなことで稼ごう!」「コンテンツを作ろう!」と意気込むわけですが、作業を始めた瞬間に、脳はそれを「生きるための義務(苦行)」だと捉えてしまいます。

そもそも私の魂は、ものすごくエネルギー(波動)に敏感で、地球特有の『汗水垂らして動いてナンボ』という重たい行動の波動と、どうしても摩擦を起こしてしまうタイプだったみたいなんです。

心は「本当は寝ていたい、その重いゲームには参加したくない!」と拒絶しているのに、頭が無理やり体を動かそうとする。この内側の激しい摩擦が、顔の過緊張というリアルな痛みになって現れていたメッセージだったんです。

私の肉体は、「これ以上自分に嘘をついて動かないで!」って、必死にストップをかけてくれていたんだなと腑に落ちました。

存在していること以上の価値なんてない

大好きなバシャールの言葉に、こんなメッセージがあります。
「自分が存在していること以上の価値なんてない。表現は、その価値を明らかにしているだけだ」

私たちは、何かを表現したり稼いだりしたから価値が生まれるわけではありません。お布団の中でヨダレを垂らして寝ている時点で、すでに人間の価値としては100点満点なんです。


私はいつの間にか、「価値のない(稼げていない)自分が、ブログやイラストを通して自分の価値を証明しなきゃいけない」という、古い地球のハードモードなゲームに自ら参戦していました。順番が完全に逆だったんですね。

降伏(サレンダー)は何もしない事
ただここにいる事(Being)

まず、お布団やお風呂でフニャフニャに緩んでいる自分が最高に価値があって、そのエネルギーが溢れ出たときにオマケで形になるのが「表現」だったんです。
「何もしない覚悟」を持って、地球のルールに降伏します。

「何もしないで寝てたら、お金どうすんの!?」って、頭の中の地球人マインドはめちゃくちゃ焦っています(笑)。
でも、その焦りを抱えたままでいいから、まずは「地球のサバイバルゲームから一度リタイアし、何もしない覚悟を持つこと」が、今の私に必要なステップなんだと思います。


お金のために動くのを諦めて、お風呂の快適さや、お布団の心地よさに100%のエネルギーを注ぐ。罪悪感を完全に手放して緩みきったときにこそ、本当の宇宙のエネルギーが回り出すはずです。


というわけで、まずは顔の痛みが完全に消えるまで、全力でダラダラする「降伏(サレンダー)」の実験を始めてみようと思います。宇宙人としての私の本番は、ここからになりそうです。