第33話 鼓笛隊
悟司と嘉岳の2人は、なんとかこの夏休み中に、バンドのメンバーを
揃え、バンドの形にしたいと思っていた。
悟司の学校でビートルズやエレキ好きなメンバーに声をかけたりするものの、
進学校であった悟司の藤見台の生徒達は、皆受験を控えている身の上で、
興味はあるけれど、バンドに手を染めるという話になると皆一様に首を横に振った。
嘉岳
「後、ドラム叩けるやつがいれば、なんとか形になる!」
悟司
「ドラム叩けるやつっているかなぁ・・・・・」
嘉岳
「叩けなくても、つれてくればなんとかなる!できればルックスのいい子で!!!」
悟司
「顔やスタイルよくたって、叩けなきゃしょうがないって!!!」
とにかく!とにかくバンドを・・・・!と急ぐ嘉岳だった。
そんな時、電器店である家の仕事の手伝いを終えた健太がやってきた。
健太の親友、誠を連れてきたのだった。誠も藤見台高校だったが、1年浪人したために、
現在高校1年だった。この夏休み、健太の家でアルバイトをしていた。
健太
「こいつさあ・・・・ドラムできないかと思ってさ・・・・」
誠
「知ってると思うけど、ドラムの経験はないんだけど・・・・さっき、健太に強引に誘われて・・・」
健太
「こいつ・・・・小学校の時、鼓笛隊で小太鼓やってたのを思い出してさ!(笑)」
悟司
「小学校の鼓笛隊?・・・・・・(爆笑) なつかしい!」
嘉岳
「おれ、ピアニカだった!(爆笑)」
健太
「つまり・・・・・スティックは持ったことあるっていうか・・・・(爆)」
嘉岳
「充分!充分!!!(笑)」
悟司
「誠、一緒にやってみないか?・・・・」
誠
「・・・・・・・・・。」
嘉岳
「決定!ドラム担当は誠に決まりだな!」
小柄な体格でどこか女性的なムードを持ち合わせた誠。
その誠にドラムをやらせるという不安もあったが、長髪が似合いそうな
可愛い風貌のキャラクターは、人気バンドには欠かせない存在であり、
悟司と嘉岳にとっては、思いがけないメンバー発掘となった。
健太
「メンバーはこれで揃ったとして・・・・・・・・・
おれの疑問・・・・つーか、素朴な疑問・・・・」
ギターを手にしていた健太がぼそりとつぶやいた。
健太
「今、シャリシャリいってるけどぉ・・・・・・・それを聴いてるだけでさ、
ちっとも、おもしろくない!これじゃ、エレキとは言わんだろう!
いったい俺の弾いてる音ってどんな音なんだよ(笑)
電気が通った音を聴いてみたい!お前らも、聴いてみたくね~?」
健太のごもっともな投げかけだった。
そういいながら健太は、嘉岳のステレオに目をやった。
電器屋2代目としてのDNAが健太の目をステレオに着目させていた。
第32話 スカウト
嘉岳がベースをやると言い出し、嘉岳の使っていたYUAMAHのギターは、
悟司が使うことになり、厚意で貸してもらったまっさんのギターは、嘉岳の部屋に
そのままになっていた。
嘉岳は、普段のゴージャスなお金の使い方で、学校の友達の間では決して評判は
いいとはいえず、孤立しているようなところがあった。
学校の仲間関係はうまくいっていなかった分、幼馴染の悟司や健太、
その周辺とのつながりだけはなんとか繋いでおきたいと思う気持ちが強く、
結局ここでも自分の財力の幅をきかせていた。
悟司が気に入りそうな雑誌やレコードは勿論のこと、ジャズ喫茶やコンサートのお金、
果ては、喫茶店やパーラーなどの支払いもすべて嘉岳持ちとなっていた。
嘉岳も健太も、そのお金の使い方に影では驚きながらも、そこは若いメンバーである。
遠慮なくその生活にのっかっていた。
夏休みもあと少しになった頃、
相変わらず、悟司と健太は嘉岳の部屋に集まってはギターを弾き、レコードを聴いたりの
毎日を過ごす中で、
今まで楽器にはまったく興味を示さなかった健太が、そのままになっていた
借りてきたまっさんのギターに手を伸ばすようになっていた。
悟司
「お前・・・・いけるじゃんか!」
ギターコードに合わせてビートルズナンバーを軽く口ずむ健太!
しかも、健太が歌が上手かったことを今の今まで誰も知らなかったのだった。
日ごろレコード漬けになっていた健太の耳は、
いろいろな音を聴き分けるという学習を知らず知らずのうちにできていたのだろう。。。
健太
「え?こんなんでいいの?」
嘉岳
「スカウト!スカウト!健太をスカウト!」
嘉岳は悟司に向かってオーバーな合図をしたのだった。
第31話 キャラクター
嘉岳は、悟司のギターの上達ぶりをみて、少し焦りを感じていた。
比較的小器用に物事を自分のものにしていく悟司に対して、嘉岳の不器用さは
心意気や情熱だけではどうしよもなく、やればやるほどその差は広がっていくようだった。
生まれ持った音楽的センスのようなものも、誰がみても悟司の方がはるかに優れていた。
悟司と競う関係にないと覚った嘉岳は、
「ギターがだめなら、弦の少ないベースギターだ!」
という安易な考えを披露。
お金のことなどあまり問題にならないという家庭環境の嘉岳だから許された
突然のベースギター出現となった。
嘉岳
「これでもって、おれはポールだな・・・・!悟司、お前はジョンで・・・・」
悟司
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
嘉岳
「こういうのはな・・・・まずルックスから入らないと・・・・その気にならないと・・・・」
嘉岳はベースギターのストラップを肩にかけて、ポールを気取ってみせた。
晴美
「いやだー!やめてーーーーーーーー!
ち、が、うーううううううううううううううううう!(涙。。。)」
ポールの大ファン晴美が泣きだしそうな声をあげる。
いつも、何か少し的はずれだったが本人は至って真剣で、
なぜか憎めない存在の嘉岳だった。
果たしてこの先、嘉岳マッカートニーの行方はーーーーーーーー?
第30話 ベースギター
晴美の家である川村花店の従業員であるまっさんから
悟司達はエレキギターを借りることになった。
エレキをもっていなかった悟司が代表して借りることになり、まっさんの帰宅に合わせて
悟司と晴美がまっさんのアパートを訪ねることになっていた。
まっさんは小さなアパートを借りて一人で住んでいた。
集団就職で上京した時から5年間は、晴美の家に住み込みだったが、
3年前から、川村花屋のすぐ近くに一人でアパートを借りるようになった。
昼と夜の食事は、晴美の家で出してもらっていたし、毎日の風呂も晴美の家で
入らせてもらっていたので、アパート暮らしといっても自室という感覚で借りていた。
4畳半一間で台所とトイレは共同というアパートだった。
晴美
「まっさん!まっさん!晴美!!!」晴美がまっさんの部屋のドアを叩いた。
まっさんは、待ってました!とばかりに部屋のドアを開けて2人を迎え入れた。
悟司
「おじゃま・・・しまぁっす。」
小奇麗に片付けられたその部屋の隅に卓袱台があり、その上にはコンパクトな
レコードプレーヤーがおいてあった。
そして、布団が部屋の片隅にきちんとたたんであった。
晴美
「いつもきれいにしてるね・・・悟司、どうよ!見習えよ!(笑)」
そういいながら、晴美と悟司は部屋をみまわした。
まっさん
「いや、今慌てて片付けたんだよ。まあ、所帯道具もないし、もともと持ってるものも
少ないから・・・・。」
悟司
「いいなぁ・・・一人暮らし・・・・俺もしたいよ。親から離れて暮らしてみたい!
ところで、まっさんはこのプレーヤーでレコード聞くんだ・・・・」
まっさん
「うん、も少しお金たまったら、今度はステレオが欲しいなって思って・・・
小さいのでいいんだけどね。」
晴美
「父さんにいっとくよ!給料上げてあげて!って・・・(笑)」
まっさんは押入れをあけて、黒いギターケースを取り出した。
まっさん
「これなんだけどね・・・・これでよかったら・・・・・もっといいギターが欲しかったけど
俺が買えたのは、これ止まり・・・・(苦笑)」
まっさんはギターケースをあけてみせた。
綺麗に手入れされてるブルーのグヤトーンのエレキが出てきた。
それは、ピカピカに磨かれていた。
まっさんは取り出して、テケテケテケ・・・・♪というフレーズと、
プレスリーの数曲の頭の部分をひいてみせた。
それはシャリシャリした電気の通ってない弦だけの音だったけれど、
悟司には確かなエレキの音として聞えていた。
悟司
「うわーーーーカッコイイ! 本当に貸してもらっていいのかなぁ・・・・」
まっさん
「もう当分弾くチャンスもないし・・・・バンドみたいなことやってたけど
メンバー揃わなくて・・・・。弾くより、聴くほうが楽だしね(笑)。
あるんだから、使ったほうがエレキも喜ぶし。それと、弦はこれ。張り替えないとね。」
新しい弦までつけてくれたのだった。
さらに、返すのはいつでもいいからと快く差し出してくれた。
晴美
「大事に使えよ!」晴美が割って入った。
悟司
「勿論さ!!!」
まっさんはケースに戻してケースごと悟司に渡した。
とそのとき・・・・・
「あっ、このステッカー・・・・カッコわるいかい?・・・・悟司君はビートルズだもんな。
はははははは・・・適当にはがすか・・・・って剥がせそうにないなぁ・・・
じゃあ、この上にかっこいいビートルズのステッカー
貼っていいよ!うん、そうすればいい!」
それは、寺内タケシとバーニーズやプレスリーのステッカーが、ギターケースに
貼られていたのだった。
悟司
「あっ・・・別に、かっこ悪くぅ~はない・・・・けど・・・・(汗)」
遠慮しながらも目が点になっていた悟司をみて晴美がいった。
晴美
「あはははは、遠慮しないで、貼らせてもらうね・・・・悟司!(笑)」
最後までやさしいまっさんだった。
悟司はいつになるかわからないけど、バンドが形になったらまっさんを1番に
招待する約束をした。
晴美
「まあ・・・期待はしないでね!まっさん!」
晴美と悟司は、エレキを受け取った帰り道、嘉岳の家に寄ってエレキを見せることにした。
悟司は嘉岳の部屋でギターケースを開けて、ゆっくりギターを持ち上げた。
「うっわ!重ーい!重い!」
その嬉しそうな悟司の顔を横目でみながら嘉岳がつぶやいた。
嘉岳
「とうとう、来たな。。。エレキがこれで2本か?・・・・バンドできるぜ!」
悟司
「後はベースにドラム・・・健太ベースやらないかな・・・・そうすれば後はドラムだけになって、
そうすればビートルズの曲がやれる!」
晴美
「ふふふ・・・・気が早くない?でもバンドできたらいいわね!
ファンクラブ会長は私だから・・・」
そういいながら晴美は嘉岳の顔を覗きこみ、
晴美
「それにしても嘉岳さぁ・・・・もっとエレキ上手になってよ・・・・
いつまでたってもうまくなんないじゃない!」
嘉岳
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
悟司はさっそくギターを弾き始めた。
電気が通ってないエレキは、せわしなくシャリシャリと音をたてた。
悟司
「そうそう、この音!この音!この感触・・・・」
にやけた顔は子どものようになっていた。
晴美
「まっさんに借りたこれで、悟司は一気に上達しそうじゃん?嘉岳ーぇ。」
晴美が眉間にシワをよねて嘉岳をみらんだ。
嘉岳
「うぅっ・・・・・・・・・まあ、認めよう!おれってギターのセンスないかも・・・でね・・・」
と、嘉岳が少し言葉に間をおいた後、
嘉岳
「俺さぁ・・・・・・・・・・・・ギターのセンスないってよくわかったからさぁ・・・・・
ギターやめようと思って・・・・!」
悟司はギターの手を止めてもういちど聞きなおした。
悟司
「え?今、ギターやめるっていった?」
晴美
「え~~~ぇ、どういうこと?バンドやろっていいだしたのは・・・・」
嘉岳
「バンドはやめない!バンドは作る!けどギターをやらない・・・で、
俺は、こんど・・・・・・・・・・これをやるのさ!」
そういいながら嘉岳は隣の部屋からギターケースを持ってきた。
「じゃーーーーーん♪」といいながら開いたケースの中には、
なんと、
ベースギターが横たわっていたのだった。
晴美
「ベースギターじゃない!」
嘉岳
「6本の弦がむずかしんなら、ベースは4本!2本少ない!
リズム感で勝負って感じするし・・・・これなら俺にも出来る!うん!今度は出来る!」
晴美
「っていうか・・・・これ買ったの? 斉藤財閥の御曹司様ってば・・・・?」
嘉岳
「うん!買った!」
新品のベースギターを目の前にして、固まる悟司と晴美
悟司
「ひえーーーーーーーっ!」
しかも、弦の数じゃないから!!!少ないほうがむずかしいんだってば!!!」
嘉岳
「えぇ?簡単じゃないの?4本になっても?」
悟司
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
第29話 約束
駄菓子の米山をでた2人は裏道に出て、小学校の裏庭に向かって歩いていた。
真っ赤な夏の夕日が2人を照らしていた。まぶしい西日だった。
2人の間の影にはギターケースの影が邪魔をする形になって、その影は長く尾を引いていた。
真知子
「ねえ・・・大学受験するよね・・・・約束・・・・忘れてないから、私。」
悟司
「・・・・・・・・・・・・。」
真知子
「塾にいってないとか、そのお金使い込んでるとかいわれると心配になってさ。」
悟司
「心配って?・・・・・それは俺の問題だし・・・・・。」
真知子
「それはそうだけど・・・・私が余計なことしたんじゃないか?って思って・・・・」
悟司
「余計なことって?」
真知子
「ビートルズの・・・・武道館・・・・・ひっぱりこんじゃったの私かも・・・・・なんて思ったらさ・・・・
やっぱり、今の悟司には勉強がある。って思って・・・・」
悟司
「違う!それは違う・・・・真知子とは関係ないさ!!!」
真知子
「だって・・・・!最近の悟司みてると・・・・・・」
悟司
「俺、今までずっと親のいいなりっていうか、親のいうとおりにやってきて、
特別趣味なんかなくて、いつのまにか勉強できるいい子ってことになってて、
ある日ビートルズに出会って・・・・・これはおれにとって青天の霹靂!
世の中、すごいもんがあるんだ!!!って思ってさ・・・・(笑) しびれた・・・・(笑)
なんか、今までの自分は嘘みたいで、
今の自分のほうが自分らしいんじゃないか?って・・・・・最近思って・・・・」
真知子
「でも、塾のお金を黙って使い込んでるって。。。よくないよ。やっぱり。」
悟司
「大人はいうだろうな・・・・これが不良だって!エレキやると不良になるって、
こういうことなんだろうな・・・・・」
真知子
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
悟司
「使い込んだのは、夏期講座の授業料と模試のお金・・・・
ばれるのは時間の問題・・・・はははは・・・・」
真知子
「でも、私との約束・・・・・私が藤見台の受験失敗したとき、大学は同じ大学に行こうね。
って約束・・・早稲田に行くんだ!って約束・・・私、忘れてない・・・・。」
悟司
「おう!行くよ!・・・・俺、勉強もするよ!真知子お前はガンバレ!」
真知子
「真知子ガンバレ・・・・じゃなくて、「も」、真知子もガンバレ!だよね。」
悟司
「う、うん・・・・・(苦笑)」
苦笑の本当のわけは、真知子が言ったことに対してではなく、
近々起こるであろう、避けては通れぬ親との対決が頭をかすめたからだった。
小学校の裏庭の緑の網のフェンスの向こう側には、
学童の子ども達が声を掛け合い、野球道具を片付けていた。
そして、真っ赤な夕焼けは、明日の天気の予想を表わしていた。
第28話 ハズレくじ
真っ赤な夕日が花水木商店街を照らしていた。
駄菓子の米山も、棚に並べてあったお菓子の瓶に夕日が落ちはじめていた。
米山のおばちゃんは、夕日を避けるために帆布でつくられた日よけを、
店先の軒下からひっぱりだしていた。
真知子
「おばちゃーん!暑いねー!何かもらうよー。何にしようかな~?」
米山のおばちゃん
「今日は晴美ちゃんは一緒じゃないのかい?」
真知子
「うん、晴美は塾・・・・だけど、今日は悟司連れてきた。
悟司がね、何でもおごってやるって言ってるから・・・(笑)」
悟司
「おい!待てよ!俺、言ってねーし・・・」
真知子は、お店をぐるっと見回したあと、天井から下がっていたくじを引いて、
くじの紙を舐めてみた。
真知子
「私、このチャンピオンカップ・・・・小さい時ずっと欲しくて、何度もくじを引いたな・・・
久しぶりよ・・・このくじ舐めるの・・・・(笑)」
当たりくじ番号のサンプルに、野球選手やスターのブロマイド、
知恵の輪等に混じって、シルバーに輝きリボンがかかった
チャンピオンカップ?のようなものがあった。
そのチャンピオンカップは用途不明な物体だったが、子ども心にカッコイイ小物に思えた。
人気の当たりくじ賞品だったが、それを誰かが引いたのはみたことがない
という、これまた不思議なものだった。
真知子
「悟司もやりなさいよ・・・・当たったら頂戴ね・・・・」
悟司
「ええ?俺も?」
といいながら、しぶしぶくじを引いた。
真知子
「いっせーの~せ!」
2人は舐めた紙をお互い見せ合った。
2枚とも、仲良く 「ハズレ」 という文字が浮き出た。
悟司
「おばちゃん!なぁ、これ当たった人いるのかよ!当たりくじ入ってねーんじゃねーの?」
米山のおばちゃん
「バカなこと言わないでおくれよ!当たり前だよ!ちゃんと入ってるよ!!!」
そういいながら、糸付きの飴玉の束を2人の前の差し出した。
ハズレは、この糸の束から1本糸を引けた。この中の飴玉の大きさもいろいろ
で、大きいのを引けるチャンスが、最後に残されていた。
2人は糸をひいた。。。。。
その先には小さなチョコ色の飴とイチゴ色の小さな飴玉がぶら下がっていた。
真知子が先にチョコ味らしき茶色の飴を選び、残ったイチゴ色の飴は悟司の
口にほおり込まれた。
悟司は小さく・・・・・ちっ!と舌打ちして、
ズボンのポケットの中から10円玉を2個をだし、おばちゃんに手渡した。
悟司の口からは、飴の糸が情けなくぶらさがっていた。
真知子
「やった~~~~!おごりねっ!」
苦笑いする悟司を背にして、真知子はラムネを冷蔵庫から1本取り出し、
おばちゃんにラムネの栓を抜いてもらった。
悟司
「それもかよ!俺、金もってねーから!!!」
と、慌てた声をだした。
真知子
「大丈夫・・・金欠の人にださせないわよ・・・。」
真知子だけラムネの瓶を持ち、その後をのそのそとついてくる・・・
口元からは弱々しい飴玉の糸が垂れ下がった情けない顔の悟司だった。
2人は店をでた。
歩きながら、真知子が悟司に切り出した。
真知子
「ちょっと気になったんだけど・・・・さっき、嘉岳の部屋でいったこと・・・・
悟司、塾のお金・・・・使い込んでるってこと?本当なの?」
悟司
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
なにやら、ややこしいことをいいだされたか?
女は、ややこしい・・・・
ややこしいことを言い出すのが、女というものか?
面倒だぜっ!
真知子
「それって、塾に行ってないってこと?」
そ~らきた!悟司は心の中で叫んだ。
悟司
「そうだけど?それが何なんだよ!俺の問題だし・・・」
そういいながら、ちょこっとむっとした表情をわざと作ってみせた。
頑張って男気をだしたつもりだったが、
真知子に向けたその口元から覗く舌ベロは、真っ赤に染まっていた。
飴玉の糸は垂れ下がり、ベロは真っ赤・・・・
飴玉の仕業だった。
気が付いてないのは本人悟司だけで、
それは、情けない子どもの顔になっていた。
第27話 塾のお金
「貸してもらえばいいと思うのよ・・・まっさんなら遠慮はいらないと思うし・・・・」
この話を持ち込んだ晴美がいった。
嘉岳
「悟司・・・お前借りたらいいさ・・・」
悟司
「借りる・・・・かあ・・・・。いつか自分のエレキが欲しいと思ってはいるけど、
当分親には甘えられないから・・・・・・・・俺、塾の金、使い込んでるから・・・
しかも、今、塾行ってねーし・・・」
真知子
「うっそ!!!・・・それって、やばくない?」
悟司
「・・・・・・・・・・実は、かなりやばい!!!!」
悟司は自分自身をあざ笑うような苦い顔で言った。
結局、
悟司は晴美の口利きでまっさんからエレキを借りることになった。
今練習に使っているクラシックギターでは物足りなく思い始めていて、
この頃には少し弾けるようになっていただけに、エレキが欲しい
という気持ちは日に日に増していた時期でもあった。
自分のものではなく、借り物であったとしもエレキの弦を直接触れられることに心が弾んだ。
悟司
「じゃぁ、晴美、頼むよ。どうすればいい?俺がもらいに行こうか?」
明日の夜、まっさんの仕事が終わった夜、まっさんのアパートに受け取りにいくことになった。
真知子の顔は少し曇っていたようにみえた。
悟司が塾のお金を使い込んでるという話の後あたりから急に顔が曇っていった。
塾に行くといって一足早く帰った晴美の後、悟司と晴美が2人きりになったところで
真知子は悟司を駄菓子の米山の前で、
「悟司・・・・ちょっと寄ってかない?」悟司に声をかけた。
第26話 集団就職
まっさんが、エレキギターを貸してもいいといっている・・・・・
まっさんは、8年前の春この花水木商店街にやってきた。
生まれ故郷青森の中学を卒業すると、集団就職で東京にやってきた。
花水木商店街の会長である健太の父康雄が中心になり、
当時金のたまごといわれていた地方の子ども達を、花水木商店街でも積極的に
受け入れていた。
毎年5人~10人の人数で、商店街で働く若者を青森から招き入れていた。
個人商店への就職ということで、ほとんどが住み込だった。
田舎から東京へ・・・・中には重い家庭事情も抱えながら就職する
という子どもたくさんいた。
この商店街に馴染み、店主の片腕にまで成長したり、店主の口利きで幸せな
結婚をするものがいるかと思うと、
都会暮らしの現実と、未熟からくる暴走、逆に気後れ、など・・・・若者にありがちな理由で、
店主の下を飛び出してしまうものや、田舎に帰ってしまうも子どももいた。
まっさんこと松田久治は、青森の農家の次男坊として産声をあげた。
両親と祖父母、彼の下には4人の兄弟がいた。
家族の大事な働き手として、中学卒業後すぐ働かなければならなかった。
まじめな性格と賢い頭を持ち合わせていたまっさんは、田舎に仕送りも続けながら、
この8年間懸命に働き、今ではカワムラ花店、いや花水木商店街にとっても
なくてはならない若手の一人になっていた。
そんなまっさんの唯一の贅沢は、音楽鑑賞だった。
2年前、寺内タケシのコンサートに初めて行ったことがきかっけで、
いわゆる・・・ テケテケにはまった ・・・・というべきだろうか?
ビートルズ・・・というより、加山雄三のエレキ、寺内タケシのテケテケテケがきっかけだった。
まっさんが初めての贅沢品を買った。
それが、グヤトーンのブルーのエレキだったのだ。
エレキが欲しかったのもそうだけれど、そういう贅沢がやっとできるようになった
自分が嬉しかった。
そんなまっさんは、街のみんなに好かれた。
訛りの抜け切らない素朴な語り口でまっさんが晴美にいった。
「俺のエレキでよかったら、いつでも貸すよ。。。弾いてくれたらエレキも喜ぶさ。」
第25話 エレキの若大将
嘉岳の部屋の熱気に慣れた身体に、スイカの冷たさが一層増して滲み渡った。
真知子
「で・・・・・・・・あなた達・・・・こうやってダラダラしてるけど、
この調子じゃぁ、バンド結成なんて無理よね。。。」
嘉岳
「だって・・・・今んとこメンバーいないし、楽器もないし・・・・・」
悟司
「何より・・・・お前ギターいつまでたっても下手だし・・・・」と、嘉岳にあごで指名した。
晴美
「でね、今日はいい話を持ってきたんだけど・・・・・」
悟司
「いい話?」
晴美
「・・・・・・そう!」
嘉岳
「何だよ。」
晴美
「うちのまっさんがね、
よかったら、エレキ貸そうか?っていってくれてるのよ。」
悟司
「まっさんって、エレキ弾けるの?ってか、エレキ持ってたんだ!!!」
晴美
「うん、ギターはずっと趣味で弾いてたんだけど去年、加山雄三のエレキの若大将みて(笑)
エレキにしびれて・・・・エレキ買ったみたい。
まっさんも友達とエレキバンド組んだりしてやってたみたいなんだけど、
まっさんのバンド仲間は働いてる人たちばっかりだから、なかなか練習とかする時間が
とれなくて・・・・今年に入ってから、なんとなくそのバンド・・・みたいなものも解散
しちゃったんだって。
まっさんも、加山雄三や寺内タケシまでは理解できるけど、ビートルズになっちゃうと
ちょっとセンス違うって思うようになって、熱が冷めちゃった・・・・って。
エレキもそのままになってるから、新しいものじゃないけどよかったら使っていいよ。
って・・・。」
真知子
「すごい!まっさん優しいから・・・・・まっさん素敵!好きだな・・・ああいうまじめなタイプ。」
晴美
「おう!まっさんに言っとくよ!真知子が告白してたって!(笑)」
真知子
「うん!言っといて!ほんとよ!」
晴美
「まっさん、もてるよーーーー!おばちゃんファン多いもん!どちらかというと
マダムキラー?まじめ一筋って感じが好感もてます!・・・みたいな。」
健太
「知ってる!まっさんが持ってるエレキ!!!ブルーのグヤトーンだよ!」
悟司
「お前なんで知ってるの?」
健太
「ほら・・・・去年の暮の花水木商店街の歳末大売出しの時、催し物ステージでのど自慢やった
とき、エレキで伴奏してたじゃん!
あのとき持ってたのが多分ブルーのグヤトーンだった気がする。」
晴美
「そうそう・・・ブルーのエレキ!それそれ!!!」
悟司
「催し物ステージでのど自慢?そんなのやったっけ?覚えてない・・・・」
健太
「俺、あのとき、ステージの配線の手伝いさせられたからよく覚えてる。」
まっさんとは、
晴美の家がやっていたカワムラ花店の若き従業員である。
第24話 上達
悟司、嘉岳、健太の3人は、この日も嘉岳の部屋にいた。
悟司は、耳が良かったのか?生まれ持った音楽センスによるものか?
ギターのテクニックをマスターするのが速かった。
まずコードを覚えた後、レコードを何度も何度も繰り返し聴きながら同時にギターを
触っていった。指先も器用だった。
それらテクニックをマスターしていくことは、悟司にとっては理論や理屈ではなく、
感覚で音を自然にひねり出していったというようなやりかたで、音楽に触れる時間
が増えれば増えるだけ、メロディーや伴奏が少しずつできるようになっていった。
それに比べて、エレキを唯一持っていた嘉岳は・・・というと、
幼稚園の頃、オルガン教室に通っていた。という自慢、自信から、
能書きは充分論じるものの、感覚的音楽センスという部分からいくと、
決して褒められるものではなく・・・・・・
嘉岳の、ギターを始めたきっかけがそもそも、
女の子にもてたい・・・という不純な理由からであり、音楽とか楽器とかの
興味からではないので、土台無理なところもあったのだろうか。
それでも、なんとかうまくなりたい!バンドやるんだ!という意気込みだけは
みんなが認めるところだった。
健太は、
レコードや音楽本を、聴いたり見たりする量は3人の中で1番多かったが、
いまひとつ楽器演奏には興味はなく、いつも一人静かに音楽本を開いてはレコードを聴く。
というスタイルを続けていた。
たまに嘉岳のエレキに触れてはいたが、何か弾いてみる。という感じではなかった。
そんな3人が、松竹湯のボイラー室から伝わってくる熱気に蒸された嘉岳の部屋
でそれぞれのスタイルで時間を過ごしていた。
突然そんな部屋に、晴美と真知子が陣中見舞いにやってきた。
晴美
「うっわ!何この熱気・・・・ゲロ・・・・!!!
よっ!そこの青年達・・・大丈夫か?汗拭きな!」
真知子
「ちょっと部屋の空気・・・・換えようよ・・・・!!!!」
晴美と真知子は部屋のカーテンと窓を一斉に開け放し、扇風機とうちわで
部屋の換気の作業をした。
嘉岳
「ステレオの音がうるさい!って言われっから・・・全部開けられないんだ!」
真知子
「そりゃそうだろうけど・・・・このままだと、死ぬよ!(笑)」
晴美
「母さんがスイカ持ってけ・・・っていうから、持ってきたーーーー!
花の冷蔵庫ケースの水のバケツで冷やしてあったから、冷えてるよ!!!
早く切ってたべよっ!」
男ども一斉に
「でけ~~~~~~!うまそう!!!冷えてる!冷えてる!」と歓声をあげた。
晴美の家は花水木商店街で花屋をしていた。
真知子
「台所使っていいよね・・・・・切ってくるわ!」
真知子と晴美は台所にいき、嘉岳の祖母スミのリードでスイカを切った。
ぱっくり大きく切られたスイカの表面からは、真っ赤に熟れたスイカ独特の
甘い夏の香りが乾いていたのどを充分に刺激した。
真知子
「わ~!食べごろよ!・・・甘そうよ~!いい香り~ぃ!」
祖母スミと祖父勝男にあげる分をお皿に残し、後は大きなお盆に直接乗せ、部屋に運んだ。
嘉岳の指先で、ようやく部屋のステレオの音量が絞られた。