スマートフォンを新しくするだけで、これだけの書類に目を通して確認し、尚且つ年収まで書かされ、信用調査され、その上で血判書にも似たサインが求められる。

 

おそらく初めて購入する顧客にとって、押し並べて無機的でマニュアルライクな店員の説明は、その大部分において理解不能に違いない。

 

この書類、一応すべてに目を通してみたが、一口に言うと〈何があってもうちは一切責任とらないからね。契約やぶったら罰金よ。すべてあなたの責任よ。こちらのミスもあなたの責任よ。勝手にお金が掛かるようにしているけど、それは自分で解約しないと掛かり続けるよ。使い方やトラブルはAppleのサポートに聞いてね。うちらは知らないから〉ということだった。

 

ここにも適用されているのが、顧客にとって一割のメリットと九割のデメリットの法則である。

 

よくスマホは難しいから嫌だという人の話を耳にするが、(上手な例えではないが)一応義務教育を受けている者であれば、ほぼ誰だって電話やメール、はたまたネット検索など普通にできるはずだ。

 

ただ、こうした煩雑な契約手順や初期設定などが気を滅入らしているのではないかと推察している。ましてやPCなど使ったこともない人たちにとってこのスマホという存在は、ある意味で数学の方程式のようにしか映らないのではないだろうか。

 

便利であることには違いないが、科学の進展という観点から見て、その科学の進展が少しも人に易しくないことは、実は科学は少しも進展などしていないことを証明しているように私には思える。

 

こんなもの、使わないでいられるのなら使わない方がいい。私も止むに止まれず使うハメに陥っているが、このバカげた契約書の数々と巧みに仕掛けられた情報とカネを吸い上げる機能を見るにつけ、つくづく現代という時代の闇=病みに目眩を覚える。