AKB48 前田敦子 | ★おだはるとキスマイとJr.の日常風景☆

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「寂しい」


あの日はこの言葉しか出ませんでした。そう。あの日-。


2005年に結成された秋元康プロデュースの


「AKB48」


あの頃は、知る人も少なかっただろう。


しかし、今はどうだ。


秋葉を騒がせ、社会現象になった。


「会いに行けるアイドル」


これが彼女達のキャッチフレーズだ。


私も、もちろん個性あふれる彼女達の行動に心を打たれ、好きになっていった。


そして、2006年2月1日に「桜の花びらたち」でCDデビュー。


その後もAKBは波に乗っていき2枚目「スカート、ひらり」を発売した。


今では、ミリオンセラーが当たり前というように、週間オリコンチャートでも1位を獲得するほどだ。


2009年には「KB48総選挙 第1回」が開催され


晴れ晴れしく1位に輝いたのは、AKB48 チームA前田敦子であった。


それから、CDが発売されるたびにセンターは前田敦子で、いつの間にか


前田敦子は「不動のセンター」と呼ばれるようになった。


しかし、「AKB48総選挙 第2回」で事件は起きた。


今まで、不動のセンター前田が今まで2位だったAKB48 チームK大島優子に


負けてしまったのだ。


その時の前田のスピーチは


「正直、ほっとしてる自分がいます」


と今までの荷の重さを降ろすように、大島優子に1位の座をたくした。


そして、その時に発売された曲は「ヘビーローテーション」。


今では、カラオケでは定番の楽曲として知られる。


そして、翌年。


「AKB48総選挙 第3回」が行われ、報道陣やファンは前田と大島の戦いを心待ちにしていた。


結果は・・・見事!前田敦子が1位に返り咲いたのだ。


前田は「ファンの中には私を嫌いな人もいるかもしれません。でもこれだけは約束してください。


私の事は嫌いでもAKBの事は嫌いにならないでください。」と言い、スピーチを終わらせた。


このときは誰も創造していなかった事だろう・・・。このときまでは・・・。


今年のAKBのライブで最後の新曲を発表し終え、ライブは終わるはずだった。


しかし、前田が


「みなさんに、報告があります。私、前田敦子は・・・AKB48を卒業します!」


もちろん、会場は驚きを隠せなかった。


前田は、去年から動機そしてチームAの仲間、高橋みなみに「卒業」を相談していたそうだ。


しかし、みんな前田の卒業を優しく受け入れた。


もちろん、私も受け入れていたが、正直、


「あっちゃんがいなくなったら、AKBはどうなるんだ?」


と思っていた。


そして、前田敦子最後の東京ドームライブ、


3日間に及ぶ、ライブだった。


AKBのライブにサプライズがないわけがない。


1日目のサプライズは衝撃だった。


チーム組閣が発表されたのだ。


今まで、AKB48のキャプテンだった高橋みなみが総監督に任命され


チームAのキャプテンはAKB最年長の篠田麻里子。

Kは前田の良きライバルであった大島優子。

Bは今年、念願の選抜入りを果たした梅田彩佳。


そして、高城亜樹・仲川遥⇒JKT48遺跡。

宮沢佐江・鈴木まりや⇒SHY48遺跡。


思いもよらないサプライズに私も驚いた。


そして、8月26日-。前田が卒業する前日にライブは終わった。


8月27日


前田は笑顔で卒業を迎えた。



前田敦子画像倶楽部の画像 プリ画像


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