子どもの教育には熱心な人でも、動物のことになると、とにかく「所詮、動物だから・・・」と、いい加減にしたり、甘やかしたりしがちです。これは動物の能力を認めないのと同じことで、動物にとっても不幸なだけです。
馬のしつけは犬のしつけと同じであり、お互いに快適な共同生活をするためのルールを教えること、すなわち広く考えると子供の教育と同じことです。最も大切なのは信頼関係に基づき、上下関係を確立することです。馬や犬は群れをなす動物なので、人間がリーダーにならないと、馬と人はお互いに幸せになれません。群れの序列の中で、人間がペットの下になってしまうと、ペットは人間の言うことを聞きません。一見、言うことを聞いているようでも、従っているふりをして、エサに釣られているだけの状態であることがよくあります。
犬は愛玩動物として改良が進んでいるため、本来持っている野性味や、独立心というものは薄らいでいます。そのおかげで、たとえ上下関係を築けなくても危険な思いをすることは少ないのかもしれませんが、そんな考えでいるのであればペットなんて飼う資格はありません。
人間社会に置き換えても、リーダーに求められる「資質」というのは、第一に一貫性があり、ダメなことをした時は徹底的に叱り、良いことをした時は誉めてやればいいわけです。言葉でいうと簡単ですが、それが結構難しいのです。例えば馬に乗っている時、まったく馬が前に進まなくなったらどうしますか? どうして進まないのかという理由にもよりますが、単純に馬のわがままで進まないとしたら、なだめたり撫でてやったりするのではなく、何とか進ませようと努力し続け、根負けしないことが重要です。リーダーの命令は絶対であり、それを守らない馬というのは、その命令そのものを理解していないか、分かっているのに人をなめている(人間との上下関係が確立していない)かのどちらかです。そこで人が折れるということは、その馬より序列が下になるということです。人間が馬のご機嫌を伺うようではダメなのです。「わがまましても許される」という認識を馬に植え付けてしまうことが、後々大変なことになってしまうのです。また、その時のタイミングも重要になってきます。
相手(動物)の立場で考え、理解してあげることです。このことは、子供の教育でもいえることです。ルール(教育方針)を決め、一度決めたルールは守り、人間の都合で変えないことが大切です。同じことをして、ある人からは叱られ、ある人からは見逃されるのでは、動物にはルールが分からなくなってしまうからです。新聞やテレビなどでも報道されていますが、親が子どもを「虐待」する・・・そんな親の資格のない人がたくさんいて驚きます。「甘やかすこと」と「可愛がること」は違います。将来を考えると、甘やかすことは親の責任放棄であり、虐待に近い行為だという事を認識できているのでしょうか?親は子に対し心を鬼にしなければならない時ってあるはずです。それが出来ないのなら子供を作るべきで無いし、動物を飼う資格もありません。
馬が人を信頼していないのは人のせいです。馬は頭の良い動物であり、人の心を読み取ります。人が馬に対して心を開かないかぎり、馬は人に対して心を開かないでしょう。
馬はスポーツ、観光、教育、福祉、畜産と多方面に活躍しています。馬が犬など他の愛玩動物との大きな違いは、その背に跨がって乗る事が出来るということです。素晴らしいと思いませんか? 自分が可愛いと思い、信頼しあっている動物に乗れるのです。馬は人と同じ地面に立っている状態でのパートナーシップと、人を背中に乗せた時のパートナーシップが存在するのです。乗り手が馬に対する「正しい理解」と「技術」、そして「深い愛馬精神」をもっていれば、「人馬一体」という大きな幸せを感じる事が出来るのです。
自分自身はまだまだ未熟で、真のパートナーシップを築けたとは思っていませんが、馬を飼っている以上、それを目指して日々頑張っています。いつの日か自分の愛馬たちとその最大の幸せを感じられたら最高だと思っています。
馬も犬や猫と同じく、人間の伴侶となりうる動物なのですから。


