国会は、内外多難な国家の在り方を審議することもなく政治家自身の裏ガネ問題だけで終ってしまった。

裏金事件は、道義よりも金銭重視の新自由主義政策を続ける自民党価値観の一つの帰結だったのかも知れない。

 

こうまでも使途を隠さねばならない裏金事件の本質は、政治稼業による公金…寄付金も国家のカネも公金…の合法的収奪…つまり、蓄財ではないのかと疑わせる。

 

そう思わせる理由は、裏金事件で失墜した政治への信頼を国家・国民のために取り戻すという意志さえ見せず、政治家自身の金銭収奪システムを政治資金規正法という法の中に温存したまま国会を閉会させたことである。

 

自民党の国会議員82人もが法に触れる行為をしたにもかかわらず、党は微罪かの如く見かけの処罰を課したのみで、2728万円の裏金を懐にした一議員などは、悪びれる様子もなく自民党東京都連の会長を続けてさえいる。

 

国民感情から言えば、犯罪に問えるのは裏金3000万円以上という勝手な基準を作った検察さえ、犯罪を犯した大多数の国会議員を放置する…つまり、結果的に悪を放置し政治家の堕落を一層進める結果となっている気がしてならない。

 

政治家が姿勢を正そうとしないのは、悪いことをしても捕まらない…あるいは、悪いことをしたとは思っていない・・・あるいは、とんでもないことだが国民が舐められている…。

 

安月給の1円まで計算されて納める我々国民の税金が政党の原資にもなっていることを考えると極めて「反国家的かつ反国民的行為」と言わざるを得ない。

 

多額の政治資金が政治家には必要と言いながら、なぜ必要なのか、その用途を国民に示して理解を得ようともしない。

そんなに国会議員には支出先も用途も言えないお金が必要なのか・・・。

 

御用ジャーナリズムも追及する姿勢に欠ける。

 

「政党交付金」制度が出来れば、「企業・団体献金」は廃止と約束していたのに、二重取りを続ける政治家たちのの破廉恥な図々しさである。

 

「企業団体献金」を禁止しないなら「政党交付金制度」は廃止するのが筋というものだろう。

 

自民党政権がこんな「反国民的」なことが出来るのは、国民は何をしても自民党政権を選んでくれるという一党独裁の歴史意識に支えられているからである。

 

モリカケ問題や桜を見る会問題でも国民は自民党を批判しながらもそれに代わる野党を育てることをせず自民党に権力を委ねてきた・・・その結果が今日である。

 

こんな日本に誰がした…ではないが、日本を良くするためには結局国民自ら立ち上がるほかに手は無かろう。