2019.10に値上げ申請したJR北海道の少し頭を使ったようでて、やっぱり見えていないところ | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

私、先日、

JR北海道も一生懸命やれば少し値上げしても周りは文句言わないよ

という一昨年の記事を「リブログ」させていただきました。

 

と申しますのも、この5/9、JR北海道がいよいよ値上げに踏み切りそうだ!!という記事が、

地元・最有力紙「北海道新聞」に掲載されたからであります。

                     ↓コレ

北海道新聞

***<表>特に近郊区間に厳しい数字となりました

 

現行と値上げ後の運賃の比較(単券と1か月定期)

 

近距離区間の値上げ率を高く設定

 JR北海道が10月の消費税率引き上げに合わせて行う運賃改定で、

札幌圏で通勤、通学定期の値上げ率が3割超に及ぶ区間があることが8日判明。


現時点で判明している3割超の値上げ区間は、

札幌―新札幌(11-15km)と札幌―新琴似(7-10km)。

 

私が住んでおります手稲は、11-15km地帯に入り、札幌に出る時は、260から340円となりました。

 
遠距離区間を入れると、全体で平均10%チョイに値上げ率は下がってしまようです。
 
それでも私の職場の美唄まで(68km)は、15%程度の値上げだそーで、1か月の普通定期が
■¥38470 ⇒ 38470x115%=¥44241 ⇒ 
                       ¥44240?(運賃は10円未満切り捨てがルール)
      ※「¥5770値上げ」とでもなりましょーか?
ところがですね、今回は、特急料金と定期割引率が据え置かれましたので、
 
でも、コレニ「札幌ー美唄間、特急自由席定期<カヨエール>」をつけておりますので、
¥59040(#) ⇒59040+5770=64810 
    ¥64810/59040=109.8⇒結局9.8%の値上げになってしまいました。

 

 (#)なお¥59040の内訳は、上記■で手稲ー美唄の普通定期料金が¥38470から

  札幌ー美唄の特急定期料金が「¥59040-38470=29570」であることがわかります

 

次に、この¥29570は、自由席特急料金としてどの程度の割引率かと申しますと
 札幌ー美唄・自由席特急券/片道は単券購入ですと ¥1130 
 
 30日勤務として 1130 x 2 x 30 = 67800
                                             29570/67800=0.436 ⇒43.6%・・・半分以下
 もし週休2日、22日/月勤務とすれば 1130 x 2 x 22 = 49720
                                            29570/49720=0.595・・・60%
  不勉強にして、定期は月何日勤務で計算されているのか存じませんが、
  割引率は40-56%と考えられ、これが据え置かれたのは、それでも値上げ抑制には
  大きかったと思われます。

 

 

私が鉄道運賃に興味を持ち始めたのは鉄道旅行をぷらーりと始めた大学1年、

昭和51,1976年のころからでありますが・・・それまで7年も続いていた、「初乗り30円」が、昭51年、

一気に60円に!

トーゼン他の運賃、料金も一斉に上がりました。

救いは、昭和55年頃までですと、東京ー大阪間、片道くらいなら、学生の身分でも小遣いを

2-3月ためれば(当時私の小遣いは月¥5000だったと思います)往復何とかなっただろうか?

という事でしょうか。

 

その後毎年のように、運賃の値上がりが続きました。

新幹線はいつの間にか学生のノリモノではなくなってしまっていました。

 

毎年値を上げれば、駅の料金案内板、券売機も総入れ替えとなりほとんど儲けはないはずですのに、余程困っていたのでしょうね。

国鉄の値上げは、終戦後のインフレはしょうがないとしても、昭和30-45年は料金もあまり変わらず

安定期でした。

 

ここで、近代化を熱心にやらなかった・・・電化・複線化・技術開発もたくさんやったよ・・・そのとおり

なんです。

しかし・・・

終戦後、鉄道関係者の復員兵の皆さん、希望があれば全員鉄道関係(可能な限り元の部署)に

復職することができました。その後国鉄のシステムの合理化がすすむ中、コクな言い方が

ゆるされるなら、本来ここで人手が余ってくるはずでしたのに、人員整理は思うように進まなかったと

伺っております。人間関係で近代化がすすみませんでした。

結果、人件費のボーチョーが、ゆくゆくの国鉄の運命を決めたようです。

 

最近の分社化以降のことは、皆様もご存じのとおりであります。

 

***<図ー1>鉄道省ー国鉄(S23-)-JR(S62)初乗り運賃
 
終戦の混乱期のインフレと昭和50年以降の毎年ような値上げが目立ちます。
#####
<表ー1>東京ー大阪間速達列車料金

新幹線を学生が気軽に利用できたのは、昭和55年頃まででしょうか。

それでも、平成17年、東京―大阪間の航空運賃より、グリーン車料金が高くなってしまい

値下げに踏み切ります。

その影響で普通座席指定席もチョットだけ安くなりましt。

でもこんなことって、多分明治以来だったと思います。

***

 

今回も結局半分は、グチのような話になりました。ご容赦ください。

最後までおつきい下さいましてありがとうございました。

 

JR北海道に

明日はあっても来年はない・・・違うべ・・・とにかく 了

 

 カラスのクンセイ 拝