私、先日、
JR北海道も一生懸命やれば少し値上げしても周りは文句言わないよ
という一昨年の記事を「リブログ」させていただきました。
と申しますのも、この5/9、JR北海道がいよいよ値上げに踏み切りそうだ!!という記事が、
地元・最有力紙「北海道新聞」に掲載されたからであります。
↓コレ
***<表>特に近郊区間に厳しい数字となりました
現行と値上げ後の運賃の比較(単券と1か月定期)
JR北海道が10月の消費税率引き上げに合わせて行う運賃改定で、
札幌圏で通勤、通学定期の値上げ率が3割超に及ぶ区間があることが8日判明。
現時点で判明している3割超の値上げ区間は、
札幌―新札幌(11-15km)と札幌―新琴似(7-10km)。
私が住んでおります手稲は、11-15km地帯に入り、札幌に出る時は、260から340円となりました。
(#)なお¥59040の内訳は、上記■で手稲ー美唄の普通定期料金が¥38470から
札幌ー美唄の特急定期料金が「¥59040-38470=29570」であることがわかります
私が鉄道運賃に興味を持ち始めたのは、鉄道旅行をぷらーりと始めた大学1年、
昭和51,1976年のころからでありますが・・・それまで7年も続いていた、「初乗り30円」が、昭51年、
一気に60円に!
トーゼン他の運賃、料金も一斉に上がりました。
救いは、昭和55年頃までですと、東京ー大阪間、片道くらいなら、学生の身分でも小遣いを
2-3月ためれば(当時私の小遣いは月¥5000だったと思います)往復何とかなっただろうか?
という事でしょうか。
その後毎年のように、運賃の値上がりが続きました。
新幹線はいつの間にか学生のノリモノではなくなってしまっていました。
毎年値を上げれば、駅の料金案内板、券売機も総入れ替えとなりほとんど儲けはないはずですのに、余程困っていたのでしょうね。
国鉄の値上げは、終戦後のインフレはしょうがないとしても、昭和30-45年は料金もあまり変わらず
安定期でした。
ここで、近代化を熱心にやらなかった・・・電化・複線化・技術開発もたくさんやったよ・・・そのとおり
なんです。
しかし・・・
終戦後、鉄道関係者の復員兵の皆さん、希望があれば全員鉄道関係(可能な限り元の部署)に
復職することができました。その後国鉄のシステムの合理化がすすむ中、コクな言い方が
ゆるされるなら、本来ここで人手が余ってくるはずでしたのに、人員整理は思うように進まなかったと
伺っております。人間関係で近代化がすすみませんでした。
結果、人件費のボーチョーが、ゆくゆくの国鉄の運命を決めたようです。
最近の分社化以降のことは、皆様もご存じのとおりであります。
新幹線を学生が気軽に利用できたのは、昭和55年頃まででしょうか。
それでも、平成17年、東京―大阪間の航空運賃より、グリーン車料金が高くなってしまい
値下げに踏み切ります。
その影響で普通座席指定席もチョットだけ安くなりましt。
でもこんなことって、多分明治以来だったと思います。
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今回も結局半分は、グチのような話になりました。ご容赦ください。
最後までおつきい下さいましてありがとうございました。
JR北海道に
明日はあっても来年はない・・・違うべ・・・とにかく 了
カラスのクンセイ 拝


