●●概要
●草軽電気鉄道(くさかるでんきてつどう)とは長野県軽井沢町・新軽井沢駅と
群馬県草津町・草津温泉駅を結ぶ鉄道路線(軽便鉄道)を運営していました
(廃止時は東急グループ傘下)。
鉄道事業廃止後も、会社は草軽交通というバス会社として残っています。
ここでは
①軽便としては威容を誇った始発駅「新軽井沢駅」と「クサカルのゴリャクレキ」
②山岳鐡道にあって、
1)隧道の掘削を回避すべく、等高線に沿って軌道を敷設し、
くわえて、
2)「長大橋梁の架橋」を避けんがため、川幅が狭くなるのを期待し、
あえて深山幽谷にルートを選定するをいとわず、橋梁延長の短縮にはある程度成功。
といった「キシュー戦法」で「建築費の削減」は達せられましたが、その分、
走行距離がのび、曲線部が増え線形も複雑化、さらに途中の高低差を
3か所のスイッチバックでコクフク、結果、営業キロは延々55.5kmと、
合併無しの単独企業としては、日本ユースーの軽便線を誇りましたが(後々述べます)、
所要時は約3時間にもなってしまい、
後輩のバス、鉄道省線とは次第に太刀打ちできなくなっていきます。
また、高地での橋梁工事は建築機材運搬の困難さ、建築材搬入費用を高いものに
しました。
しかし、一方で、「上州三原(吾妻郡嬬恋村三原地区)」のごとき沿線最大の都邑が
「クサカル経路中」最も低い標高(770mで草津温泉、国境平より公差450-500m
低い)の地に存在、経営上、これを無視して通り過ぎるわけにもいかず、さらに鉄路を
南北に分かつ「吾妻川」を渡るには、トーゼン「クサカル最大の架橋工事」が必要で
ありました。
この橋こそが、将来、この鉄道の運命を決することになるのです。
吾妻川両岸の様子で特徴的なことは、まず三原地区の対岸、「嬬恋」駅周囲(嬬恋村
鎌原地区)には平地はなく、対する三原地区には結構な広さの平地があり、小学校から
高校、警察・消防、村の診療所まで三原地区に集まっており、三原地区は、
吾妻川の河岸段丘だったと思われます。
***<地図>嬬恋ー上州三原
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さて余談でありますが、嬬恋村村役場は、将来の吾妻線終点・大前駅の三原よりに
当時も今もぽつんと立っておりました。
※結局、線路敷設と架橋は高地でも、橋脚延長が短ければよいという、計画時の目論見は、
ある程度成功したかに見えましたが、比較的低地の「上州三原」に寄り道したばかりに、
といっても、ここを通るほかなかったのですが、戦後は台風にオソワレ、建設当初の
アイデアもオーゲサに言えば三原駅一か所のため、足元をすくわれた形となりました。
***②’そんでこの辺でその路線図。
###丸数字ー駅名ー新軽井沢起点の距離(ー標高) 赤文字の駅:スイッチバック駅 青文字の駅:路線内サミット駅<国境平>1280m・・・ご意見お待ちしてます
①新軽井沢(省線・軽井沢駅前)-0km-942m ②(地図上は欠番)旧道-0.7km ③旧軽井沢-1.7km-944m ④精進場川⇒三笠-3.0km ⑤鶴溜-6.1km
⑥小瀬コセ⇒小瀬温泉-10.0km ⑦長日向-12.6km ⑧国境平-17.3km-1280m ⑨二度上-19.9km ⑩栗平-23.8km ⑪地蔵川⇒北軽井沢ー25.8km-1260m ⑫吾妻アガツマ-28.3km ⑬小代コヨ-32.4km ⑭嬬恋ツマゴイ-36.8km ⑮新嬬恋⇒新鹿沢温泉口⇒上州三原-37.9km-770m ⑯東三原-38.5km ⑰湯窪(開業時貨物駅)-(一般駅昇格、次期不明)-湯窪(般)ー40,6km ⑱石津平⇒万座温泉口-44.4km ⑲草津温泉口-48.7km ⑳谷所ヤトコ-50.0km ㉑草津温泉-55.5km-1210m
①-⑮:S35(1960)。4.25、⑮-㉑:S37.2.21廃止
□草軽のスイッチバック駅
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☆ほかにこんな駅もありました
[1] 湯沢:夏場だけの臨時駅、新軽井沢より24.8km
[2] 鳥の窪:昭和2-4(1927-29)年に廃止になっています。同52.4km
スイマセン、お約束の字数制限が来てしまいました。
それで、②の「鐡道」のゴショーカイを長くして入り内に
「
①軽便としては威容を誇った始発駅「新軽井沢駅」と「クサカルのゴリャクレキ」
がはいらなくなり、
軽便有数の長距離といっておきながら、ランキングも入れそこない。。。
で、次回は、
軽便キロ程ランキングを「補遺」として
浅間三宿の鉄道の引き合いのオハナシ
次の次に①駅もご鍾愛などとしたいと思います。
あいかわらず要領が悪くてすいません。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました
草軽電気鉄道のこと1/
<「カルイザワ」おそるべし>の極めて「ジューバコノスミ」的感想>
了
カラスのクンセイ 拝
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