おはようございます、北海道志ん文・朝刊です。 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

まずは志文駅のご紹介からです。いまからみると貫禄があります。

***<写真ー1>志文駅

昭和56(1981)年8月1日撮影

跨線階段が3列になっているのが見えます。万字炭山の閉山により

万字線が閉店するのは昭和60年のことですので、奥に見える階段は

万字線用のものという事になります。

***

それか閉山を経てどうなった後申しますと、

***<図ー1>

  が自慢のゲレンデです。

****<図ー2>など

***<写真ー2>北海道炭礦汽船(=北炭)・美流渡専用鉄道

上の写真は、母の長兄(故人)が、室蘭工専[現・室蘭工業大学]から学徒出陣で

満州(現・中国東北部)に出征しましたが、運よく?帰国すると富士鉄

(戦前の日本製鉄が富士鉄と八幡製鉄に別れ、戦後再び両者が合併、

<新日本製鉄>となりました)に勤め、趣味で鉱山鉄道巡りをしておりました。

そのとき撮影したものらしいのです?

写真は伯父から生前もらったもので、昭和33か34年の雪解けころとしかわかりません、

画質は最低、表面に細かいしわしわ・・・

美流渡線は、社員と家族には便乗乗車を認めていたようです。

伯父から、専用鉄道とは貨物など決まったものを運ぶ鉄道ではないのか?

美流渡ではヒトが乗っとったぞ?いーのか??

っていわれてもねー??

小学校低学年にわかりますか???

********<図ー3、路線図のよーなもの>

・・・

申し訳ありません

これ以上記事を重くしますと、トラックの積載重量オーバーになるそうです。

 
続きは夕刊に掲載いたします。
朝刊のご購読、ありがとうございました。
 
 カラスのクンセイ 拝