久々にやります難読駅名:今回は改名や廃線によってカコチョー入りした難読駅名で東日本JRx3駅 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

🚩今回の最大の欠点は

  ◆国鉄(JR)と私鉄がどこの地方を走っているか?

  ◆「故事来歴」を調べきれていない点でありましょうか

  ◆しかも「3駅」くらいでばてるな!!私鉄は字数の関係で次回となりました

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<駅そのものの存在は現役で、改名により難読駅が失われたもの・・・部>・・・長くてくどいタイトル!

●国鉄/JR編

<東日本>

 ■奥羽本線

  ◆一日市ひといち→八郎潟

   もともと「ひとひいち」ではなかったかと思われます。

   HITO-HI-ICHIとかきますと、中ほどに[I - I]という二重母音があるのがお分かり

       頂けるかと思います。大和言葉は、極力二重母音を嫌いますので、

   HITO - HI - ICHI ⇒ HITO - HI - CHIひとひち

   つぎに、今度は母音の次に子音が脱落しますが、なるべく「単語の始めの破裂音」の

   子音が落ちます。

   例:置賜:O「K」ITAMA⇒OITMA、「おきたま」から「おいたま」へ

   日本には「おいたま」「おきたま」両方地名としてありますが、

    一番有名なのが山形県南・米沢方面の「おきたま」  と

               その北隣・南陽地区の「おいたま」地方であります。

    これらは、アルファベットで書きますと、O-K-ITAMA と OITAMA 。 書いてみると

    「おきたま」が一文字おおく、字数がおおいほうが古くから残っている地名、

    少ない方は途中で何らかの変化を受けた地名と考えていいそうです(もちろん例外もあります)

    「埼玉さいたま」も古ーーーーーくは「さきたま」と発音されていたことがわかっており

   <SAーK-I-TAMA>⇒<SAITAMA>、このようなグループを「イ音便」と呼んでおります。

 

  そのまた次に、中世の人々は同じ子音の繰り返しも嫌いますので「中ほどHが落ちて

  HITO-HI-CHIからHITO-I-CHI ひとひち から ひといちとなりました

  「イ音便」以外、全部私のあてずっぽうですので当たっていますでしょうか?

 

 ◇その昔、一日市から「五城目軌道」のちの「秋田中央交通」がでておりました

  • 1921(大正10)年1月15日 - 五城目軌道設立
  • 1922(大正11)年- 五城目駅 - 東五城目駅間 (3.8km) 開業
  • 1926(大正15)年 - 五城目駅を一日市(ひといち)駅に改称
  • 1927年- 東五城目駅を五城目駅に改称
  • 1943(昭和18年)6月26日 - 秋田市・南秋田郡の鉄道・バス事業者統合の存続会社となり
  • 秋田中央交通に改称・・・戦時統合
  • 1950年、 全線電化し、1965年、一日市駅を八郎潟駅に改称、69年、廃止バス転換

 ◎珍しく「鉄道忌避」の記録が明確に残る1600年ころ築城の城下町が、奥羽本線開通後、

   鉄道の便利さに気づき「城主様の威信にかけて」鉄道を敷設したそうです

  電化に当たっては通常のELではオーバーパワー/ウェイトで、客車(省41000x2を付随車化した

  ナハ10x2)のけん引には電動貨車(東急から払い下げ、定格48kwx2)を使っていました。 

    軌道線廃止時はバス部門が、日本でも指折の会社に成長しており、それがあってこそ、

  たかだか、3.8kmの小規模軌道事業の営業廃止時、雇用者の充分な離職補償額につながって

  いたことは想像に難くありません。また、昭和40年代半ばで、「よくある」バス攻勢に敗れた鉄道で

  ありながら、一味違った恵まれた幕引きになったことは、当時鉄軌道かから撤退を考えていた

  事業者に勇気を与えたと思われます。

  さらにヘビアシですが(フツーの人はダソクって読むんだよ)、軌道線営業時の日本交通公社

  全国版時刻表の、動力マークは常に電車の絵が描かれておりました。

 

◇#市と#市場・・・ここは具体例で行きましょう(もし一日市が一日市場だったら・・・という仮定で・・・)

   滋賀県八日市(市)・・・毎月「八」のつく日「八、十八、二十八日」に市が開かれた

   千葉県八日市場(市)・・・毎月「八日」に市が開かれていた

   とゆー違いがあるようです。

 

 ■篠ノ井線

  麻績おみ→聖高原ひじりこうげん

  (※改名された新駅名もなかなか読むのは容易ではありません。

   聖=ひじり、と読む駅名は全国ここだけと思います。

   小説には、泉鏡花氏の<高野聖>がありますが・・・)

  トコロデ、肝心の

  「麻」の読みには「お」はありませんが、<漢語林>によると、’許容範囲’の読み方としての

  訓読み「お」が載っており、次に「お」で、広辞苑を引くと「麻」の字が出てきて古代の「麻」の

  呼び名とありました。

  「績」にはもともと訓読みはありません。ただ使い方として、「積」と同じ使い方ができる

  それで、「積む」「積み上げる」などといった・・・

  そーしますと「麻績」の全体像としましては

  「おつみ」または「おつむ」という形になりましょうか?

  で、のちに「つ」が「黙音化silent」しているようです。

  ここからは、まるっきりの想像ですが

  O-TSU-MI おつみ と発音した場合、中の「つ」の破裂音が美しくない!

  「ぢゃ、母音だけ拾ってしまえ」とばかりに⇒ O-U-MI おうみ 最終的に詰まって「おみ」

  ・・・苦しいですね~、もっと合理的進め方ってないかな?

 宿題にさせておいて下さいませ

 そこで、A-mMI あンみ ン:は消えかかった発音となり最終的に「

 

 

■スイッチバック駅  毛馬内けまない→十和田南、大舘ー毛馬内間を秋田鉄道が先行開業

のち接続により1934省線

さしたる勾配もなく、次駅に続く路盤確保が難しかった狭隘さもなく、それなのに

わざわざスイッチバックにした理由は、

当駅から小坂鉱山までの延長計画があったからといわれております

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左:南駅の構内図、右:南駅ー大館駅と小坂の関係図

一番大事な意味ですが、

すべて、当て字ではないか?という説が有力です

「毛」は「食事を表す、<餉または笥>」

前者は♪アサゲ・ヒルゲ・クラゲの「げ または け」、後者は「け」の訓読みは正式に

認められていませんが、

慣用的に「箱に入れて食事を運ぶ道具」の時だけ「け」として使えるらしいのです。

でも現代に伝わっている読みは「箪笥の<す>」くらいです。全体的には「箱に入れて

(衣服を)運ぶ」というスタイルは「食事を箱に入れて運ぶさま」が入れ替わったので

しょうか?

いずれにせよ、上の二つの字は食事に関係した道具で、馬は「間」で、というより

<大家族が楽しめる広間/ゆとり空間らしきもののようです?>。「空間、食堂か広場、

内は室内を意味し、続けると屋内で、ゆったり食事をとる場所とでも言いましょうか、

食堂よりもう少し、大家族が集まって楽しみながら食べる場所らしいのです。

+++++++++++++++++++ 以下東日本の私鉄編に続きます

私鉄編が入らず

また、JR編もへ理屈ばかりの3駅のみ

最後までお読みいただいた方には、申し訳なないやら、ありがたいやら・・・

 

 カラスのクンセイ 拝