山、二題 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

壱、訃報

 田部井  淳子 氏 病没(2016.10.20)、享年 77歳

 御存知の方も多いことと思いますが、世界の女性登山家で初めて「エベレスト(当時はこう 呼ばれるのが

   一般的でした*)」登頂に成功した方でした

 

  私は「山登り」には全く興味がなかった人間でしたが

     ☆大学の一般教養の教員が昭和31(1956)年のマナスル登山隊のメンバーであったこと、

   ☆その、昭和31年は私の生年であったこと、

      ☆記念切手が出ておりましたが、現地を見てみたいとユーワクを引き出すような一品であったこと等、

 以来、多少国内だけでも、有名どころの「ヤマ」をオベンキョーしておくか、と「その時だけは」フルイタタセル

 ものがありました。

 その記念切手と申しますのは・・・

純白の雪渓と青い空がそれぞれ台形になった組み合わせで、そこを一人の登山者が

 もくもくと登っていくといった、単純ながらも明快かつナットクの意匠で、それがまた、これからの登頂成功を

 暗示しているかのようなデザインであります。

 遠景には「エベレスト」を配し、絵画としても名作でありましょー。

 (ところで、切手もこーゆー使い方をすると<意匠無断使用>とやらに引っかかるの?

 フホーのお話なんだからオーメにみてよ・・・)

****<図ー1>マナスル登頂記念切手:

 

色の使われ方は現物の「美品」を御覧になったほうがいいと思います

ネパールの「青富士」?くらいキレイです

//

◎当時の「封書」は¥10だったんだね!!

「はがき」は<国会議事堂>の正面がかかれた

¥5だったんだよ!!!

あまりにもカッコよすぎる意匠が災いしたのか

「10作」のうわさも流れたそうですがすぐ消えました

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あ、ところで、田部井氏の御病気の方は回復が難しかったようですが、まだまだ平均寿命まで間がありました。

後進の御指導でもしていただければ、日本の登山界は「ヤマ子」がふえていたかもしれませんね。

最近ますます遅筆になり、失礼にもお悔やみの記事が、こんな日付になってしまいましたが、

改めてご冥福をお祈りいたします。

ホントにとろくてスイマセン・・・

 

2行目の*

「エベレスト」:この山の標高を測ってやる!!と計画した連中が(もちろん目的は<うちの国はこんな高い山

でも測れるんです>という自慢がしたかった・・・らしい)おりました。ところが、当時ネパールは鎖国中で、

「インド2代目測量局(「測量庁」とかいてある本もありますネ)長官・ジョージ・ウォー氏」が200km離れた

かなた、インド北部のヒンドスタン平原(平野)から測定を試み、先代(初代)測量局長官、

ジョージ・エベレスト氏の名前をオヤマに付けました。

「8848m」の測定は大偉業でしょうから、尊敬する先輩の名前を付けたのか?

値が大きく違っていた時のための滑り止めに、自分の名前を使わなかったのか、その辺はわかっておりません。

******<図ー2>あまり好きな人がいるとは思えない「三角関数」を用いて

     標高を出してみました。******

y

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「高精度計算サイト」様http://keisan.casio.jp/

ke!san→数学物理→三角関数(度)→角度と底辺から斜辺と高さを計算

を使用させていただきました。

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●弐、それって「無理」と思いますよ

  例の栗スウィーツに・・・とにかく「モンブラン」・・・とめーめーすること

私は洋菓子にはそれほど興味はありませんが、「栗」にはチョットうるさいですよ。

なんせ「栗中毒」ですから!!私、実は「クリ中毒」なんです・・・ 2013-09-13

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モンブラン(ヤマのほうです)は

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 仏: Mont Blanc

 伊: Monte Bianco「モンテ ビアンコ」/「ビアンコ」はパスタ料理などで白ー透明なソース、

            とロッソrosso=red赤い(トマトなどをメインに使った赤いソースで

            対を成しておりますが、最近、イタリア料理がフランス料理の勢いを

            圧倒する様相を呈してきているためか??

            ブランよりビアンコのほうがチカゴロ日本人のなじみカモ?

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フランスーイタリア国境に位置する、ヨーロッパアルプスあるいは西ヨーロッパの最高峰で

あります。標高はまー仮に「4810.9m」としておきましょー。

ヨーロッパ第一位は、標高5621mで、ロシアのエルブルス山(コーカサス山脈)であります。

ところが、エルブルス山は時にアジア大陸の山に入れられることもあり(アジア大陸内では22位)、

そーなれば、モンブランはヨーロッパ1位となりますが、この辺のクリアカットさにイマイチ迫力がないのは、

ユーラシア大陸=Eurasia大陸ではどこにEuropeとAsiaのキョーカイ線があるのか?はっきりしていないからで

ありましょー。

え?Eur=asiaに決まっているだろうって?そーですか??

「元」の最大版図の時は「E=urasia」くらいの分配でヨカないですか?

どーでもいーので次行きましょか?

□なぜ標高をちょこまか変える必然性があるのか?シロートには理解できません。

ある程度一般的に通用する数値ー幾種類かあるようですが、フランス側とイタリア側から見た値の

違いによる影響が大きいようです。

上にお示しした4811m,あるいは4807m。

山頂のとんがり帽子の永久凍土?を除いた実際の岩の頂上は4,792mでありまして、(公表の標高より
10-20m差があります)、次に欧州で高い山は、イタリアースイス国境、中部アルプス
「モンテローザ、4634m」。100m以上も差があります。
地殻変動でもなければ、順位はそー簡単にひっくりかえらんでしょー?!
しかし、標高が気候により変動する。そのため現在では、標高の計測が定期的に
行われるようになった そうですが、屁理屈ですね!!
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<図ー3>山頂部にキリリと三角の白い帽子
モン・ブランといえばこれ!!
定期的標高測定は、今でこそGPSで行われていますが
最大で2m変わるかどうか。
いったい何の目的があって行なっているのでしょう?
地球温暖化?それともこれから来たるべき氷河期の予測ですか?
私が知る限り、フランスが予想気象学、地殻変動学で、
国際学会をリードしていた時期は一度もないと思いましたけれど・・・
あ、そーいえば、「メートル法」の発祥がフランスでしたね!!
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以下に計測値の変遷を書いてみます。

 # 2002(平14年):4810.4m、GPS

      フランス国土地理院(Institut Géographique National;IGN、

      ナショナルジオグラフィック協会)

 # 2003年9月6日-7日:4808.45m(前年比-2m),山頂が75cm移動、GPS

      氷河学者のリュック・モロー博士と彼の研究チーム、欧州猛暑のためと結論

   ※この年以降、標高が気候変動の影響を受けると判断されたため、500ヶ所以上で

     気候を計測されるようになり、また2年ごとに標高が調査されることになりました。

 # 2005年:4808.75m(2003年比+0..3m),-測定者記載なし

 # 2007年9月15-166日:4810.9m(2007年比+2.15m),

              フランス国土地理院+オート=サヴォワ県測量技師協会

 

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モンブラン(洋菓子のほうです)は

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モンブランとは、周知のように、栗をふんだんに使ったケーキであります。

名前の由来は、こちらも今更ですが、アルプス山脈の「モンブラン」の形に似せて作ったことから・・・

ほんとに似ていますか?欧州人て視力おかしくね?・・・こう呼ばれるに至りました。

先ほどらい申しますように、フランス語で「白い山」を意味しますが

 

なんと!!「正式には!!!」

モン・ブラン・オ・マロン(仏Mont Blanc aux marrons、栗のモンブラン)

 

というのだそうで、短くMont Blanc>は略称。地方によっては<トルシュ・オー・マロン>と呼ばれています

[トルシュ=torchタイマツ、トーチ]。尚、上に降りかけられる白い粉砂糖は雪を表しているそーですが、

山の冠雪ってあーゆーふーでないよねぇー。

山名と同様にイタリアではモンテ・ビアンコ(伊 Monte Bianco)と呼ばれておりますデス。

 

典型的には、カップケーキ型のスポンジ生地やメレンゲ、タルト生地などで作った土台の上に生クリームを

ホイップし、それを螺旋状に包むように絞り袋や小田巻を使って絞り出したクリのクリームをのっけます。

栗のケーキであることを示すために、その上に半分に切ったマロングラッセ、あるいは甘露煮の栗が

一片載せられる「コワザ」もよく見るところでありますが、よくもこれだけ薄くしたな!!ってのが載って

いるのをよくみますでしょ?あれはやはり、「栗を崩さず薄く切れるのはウチだけ」ってー自慢?

特に大都市の洋菓子店に多いカモ・・・あんなことされてもさ、栗沢山食べたい人にはメーワクな話だよね

 

何勘違いしたか知らんけど、ペティ・ナイフかなんかでチョコチョコ慎重にムキムキしてから薄切りしてるのかな?

それだったら、半分凍らして、刀身が短めの柳刃(葉)包丁で一気に切ったほうが熟練さんなら薄く切れるでしょ?え??すでにヨーガシの範囲からイツダツしている・・・あ、まーそーですね・・・

 

それでね、形状や大きさ、土台となる生地部分には様々なバリエーションがありますが、「栗を用いた

クリームを山状にデコレーションされたもの」が共通のコンセプトでしょーか。

もっとも、安価に抑えるために栗ではなくサツマイモのクリームで代用したり、色付けし砂糖と香料を加えた

白餡を乗せたケーキにも、同じ名前で売られているけれど、あれってゆるされることではないよね。悪意が

あって、売っているわけではないので、「公正取引委員会」「JARO」の出番ではないけれど、せめて商品名を、

「モンブラン・モドキ」とか「モンブラン・ダマシ」とかにしてほしくない??

 

◆「モン・ブラン」の原型とは??

日本人が「洋菓子・モンブラン」はフランス流で、山が由来であると漠然と知っていても、「生まれ」まで

ごぞんじのかたはそー多くはないでしょう。

 

このケーキはフランス・サヴォワ県と隣接するイタリア・ピエモンテ州(スイマセン、地図調べていません)の

家庭菓子が原型だそうです。

出だしは、クリのペーストに泡立てた生クリームを添えたデセール(Dessert,デザート[特に冷菓])で、これを

もとに、モンブランを看板メニューとする「1907(明治40)年創業のパリの老舗カフェ「アンジェリーナ

(喫茶店)」が、クリームをメレンゲ上に搾り出した形に発展させました。

残念ながら、この製品化の時期は詳しく分かっておりません。

商品化に際し、長時間シロップに漬けられて形の崩れたマロングラッセをつぶし、ペースト状にしたものが

かけられることとあいなりましたが、その形はモンブラン山を真似たものであり、

フランスでは山の丸みを帯びたドーム状の曲線が、

イタリアでは氷河に削り取られた峻厳な岩肌がケーキに投影されることとなったそーで、

しかして、センスはどー見てもイタリアが写実的でありますし、一枚上手に感じます。

 

一方、「めいど・いん・じゃぱん」はと申しますと・・・

東京・自由が丘の「モンブラン」初代店主・迫田千万億(「チマオ」さんだそうです・・・なんか一種迫力ですね)が

昭和8(1933)年にフランス・シャモニーを旅した際にこれを知り、つくる許可を頂きました。

土台をメレンゲからカステラにし、クリのクリームもヨーロッパの茶色のものではなく、日本人になじみ深い

黄色の甘露煮を用いるアレンジを加え、持ち帰りのできるガトー(焼き菓子)として完成させました

これは日本で初めての洋菓子?(アイスクリームのほうが早いと思うけど、あれは洋菓子でないの??)

だったとか?(根拠ありか?、バウムクーヘンあたりはどーだべ?←実は日本上陸は1919年で、

こちらの方が古手)、名が広がることを望んだ迫田氏が「モンブラン」を商標登録しなかったため

(太っ腹だね!!!)、黄色いモンブランは全日本に普及。そして昭和59(1984)年のアンジェリーナ日本進出を

契機に、わが国にも茶色いモンブランは進出、同様に支持されるに至って・・・るそーだけど私はいやだね。

 

西欧流も日本流も結局白くないぢゃん。

挙句、最近のヨコハマあたりのキッチャ店ではこれでもかってーくらいの、栗ソーメンよろしく菓子本体が

チャウチャウのごとき体毛を引きずるような感じになるまで盛り付けて(もはやこの言葉しか思い浮かばない)

   「さぁ食べなさい」はないでしょう。

 

モン・ブランぢゃなくて、モン・ブラウンに名前変えたら??

 

山・二題   了

 

最初はマジです。

後は、イーかげんです・

 

こんな記事でも最後まで付き合ってくださった方々に、深謝申し上げます。

 

 カラスのクンセイ 拝