江戸城伊賀組御庭番元締、7代目服部半蔵はお役目を解かれて[2014/11/30,影丸のいない日最終回」]
、故郷、陸奥の国、機織郷(はたおりごう、現在の東能代ー能代付近)で、「機織四分の一蔵」と名もかえ、
半農半漁の生活をしていた。
姓はもとより「機織」を名乗っていたので、今更違和感を感ずるものではなかった。
年寄りの、男ヤモメ、その日の飯の材料さえあげられればいい・・・そんな気楽な生活・・・
「わしもこの先長くはないかの・・・」
とふと考えることもあり、その時だけは、無性に昔の仲間に会いたくなった・・・
「いかん、いかん・・・わしも、修行が足りん、皆とは縁を切ったはず・・・」
その日、四分の一蔵が北の集落(北能代、能代地区より日本海に近い)を、釣り竿担いで、ビクを腰に下げ
歩いていると、老若男女の悲鳴が聞こえてきた。
駆け寄ってみると、タコともイカともつかぬ異形の生き物が、まさに、少年に食いつかんとしている。
四分の一蔵、おもわず
「あれは、なんですぢゃ?」
と聞いてはみたものの、ヒトの輪の若い衆からは
「あー、じーさん、じゃまじゃま!!、だいたい'かいこた様'を知らぬとは、お前さん、よそもんだべ?」
「いや、50年ぶりにふるさとに・・・」
そのとき、不思議な生き物が、
「ソコな爺ィ、そーとーできるとみた。どーだ、わしと勝負して、勝ったらこのガキの命は助けてやろう。」
「わしが負けたら?」
「うぬの命もいただくまでよ。」
「よかろう・・・・」
「おいじーさん、ホントに、ダイジョビか?」
「わからん。ところで、普段アヤツは、海中で生活でしておるのか?」
「そーいわれているが、四六時中かどうかは?なんせ見たものがオランでの?」
「ナニヲ、ごちゃごちゃユーとる。そちらが来ないならこちらからいくぞ!」
その生き物が息を吸い、吐き出すと、海岸の大量の砂が高ーく舞い上がり、あたり一面、
霧がかかったような視界。
そこに、イカの外側の長めの脚のような、2本の手ともつかぬ動きをする鞭状のものが砂地ギリギリを
すべるようにはってきて、四分の一蔵の両足首を巻き取らんとしていた。かなりの速さであった。
四分の一蔵はあたかもその攻撃を予想していたかの如く、己オノが釣り竿の両端を、相手の脚につかませ
近くにあった流木を竿と怪物の間の浜にさして、一刻、相手の攻撃を完封してみせた。
「ほほー、爺ィ。やはり貴様只者ではなかったの。どこぞ、名のある藩の剣術指南役か、一流兵法を修めて、
今は隠居の身か?・・・そーいった御仁であるまイカ?ま、いっか・・・」、
猶の事相手に不足はないぞ。」
「いやいや、高い評点を賜り恐れいりまする。
では今度はこちらから参ろうかの。」
四分の一蔵、気合一閃、<イャーッ>と釣り竿を最上段から振り下ろせば、竿は、相手の体に触れずとも、
そこには亀裂のようなものが走り、怪人の体の一部が破片となって飛び散った。
。。。<いつの間にこんな術を体得したのか?これは、中国の「気功術」とかゆーやつではないのか?。。。
「爺ィ、お遊びはここまでじゃ、わしの本気を見せてくれようぞ!!」
というが早いか、怪物の口からは細かい<ふくみ針>が無数に四分の一蔵に向かって飛んで行った。
。。。<何とかしてやりたいが、どーすることもできん>。。。
「どーぢゃ、ソロソロ体がしびれてきたであろう。ミノカサゴの背びれから作ったふくみ針ぢゃ。」
「オヌシ、どこを狙って針を撃っている。わしはここぢゃ。」
・・・・・。。。。<何?変わり身の術?なぜ?忍びでもない人間に・・・>。。。
「我一党に、後三年の役以来伝わりし秘術よ。
だまって、地蔵のように立っていても危険回避ができる奥義、<全地蔵清浄機の術>。
特に縫い針などには有効ぢゃ。しかして、別名を「保持消すHotchkiss」の術ぢゃ。」
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●ミノカサゴ:太平洋の南西部とインド洋、日本では北海道の南部以南の沿岸部に生息。
背鰭を中心に毒を持つ。腹鰭の間にある剣にも気を付けたい。夜行性。攻撃的な魚で、ダイビング時の
水中撮影などでしつこく追い回すと激昂、人に向かってくることがある。刺された場合、激痛を伴って患部が
腫脹、人によってはめまい・吐き気を起こすことも。
●後三年の役[永保3(1083)-87寛治元('87)年]:11世紀中盤、後三年に先立って行われた「前九年の役
[康平[(1062)年]」で、東北地方二大勢力の一、出羽国・清原氏はもう一つの二大勢力の片割れ、
陸奥国・安倍氏と戦い滅亡させた。その後数代にわたり、清原政権は安定していたが、覚せい剤所持が
発覚・・・・ちょっと違いました・・・嫁を2代続けて(源頼朝6代、5代前の祖)の親族からめとることになる
あたりから、兄弟仲が悪くなり御家騒動に発展。敗退した方はオイエ取り潰し。勝ち組は、後、元々の姓、
藤原氏に戻し、奥州藤原氏の祖となりました。
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。。。<チッ、相変わらずどこまでが本気かわからぬお人だ。しかし強いし、動きが俊敏だ?
我々を率いておられたときも、本当は実力があるのを隠していただけだったのか?
そして、後三年以来の<我一党>というのはどーゆー意味なのだ???>。。。
「オヌシ、お館の主アルジ殿であったか?道理での・・・お強い、いや、お見事。
さすれば、この程度の術では斃れぬのはトーゼンよの・・・しかしわしの力はまだまだ次がある、覚悟されよ。」
。。。<「お館の主殿」だと?それに言葉遣いが心なしか少し丁寧になったようだが>。。。
といい終わらないうちに、今度は顔の真ん中のタコの口のようなところから思い切り息を吸うと、
体が倍ほどにも膨らんであろうか。そこからすべて棒状手裏剣をにぎり締めている18本の脚が見て取れた。
次の瞬間、凶器が次々と放たれ、四分の一蔵が急所に寸分違わず飛んできた。
しかし、ここでも四分の一蔵は泰然と、件の釣り竿の中心を持ち矢車のごとき勢いで回転させ、
残らず叩き落してしまった。
彼は、この追い詰められた状況下でも相手の周囲の観察は怠らなかった。
<相手の足元の砂地が規則正しく波打っとるわい・・・では、今わしと戦っているのは奴の虚像・・・
本体は砂地の下・・・>
「オヌシの術もそこまでよ、本体はそこか?!」
と、たった今叩き落したばかりの相手から飛んできた手裏剣を、怪物の手前の砂地に向かって投げつけた。
砂浜からは、脚がさらに倍の本数もあろうかという一層変わった生き物がはい出てきた。
人間であれば右肩?にあたるところであろうか、先ほどの手裏剣が刺さっていた。
「なぜ、わかった~・・・。」
声の質も重々しい。
「砂地が上下しているところがあっての、そこがお主の本当の居場所と思ーたわ。
さて、覚悟はよいな。」
と四分の一蔵がさらに手裏剣を拾っていると、
「いーや、覚悟するのは主殿よ。」
とはい出てきたはずの体の像が次第に薄くなり、すでに体の像を通して向こう側が見えるところまで
薄くなっていた。
。。。<なかなか、一筋縄ではいかん相手だ。忍群の頭領なみの強さかもしれん。半蔵様は大丈夫か?>。。。
もうさきほどの影はとうになくなって、どこからともなく声が聞こえる
・・・・「主殿、ワシをここまで追い詰めたのはお主が初めてよ。
褒めてやるぞ、だが今度こそお主の最後よ。」
どこからか高速の石つぶてが無数に飛んできたが、四分の一蔵は、再び竿ですべてはねかえした。
その合間にも、四分の一蔵は、火走りを導火線のように、異形の生物が最初に姿を現した場所に向かわせ、
次に砂地に円を作り、最後に何もいないと思われたところに火線が怪人の形に囲ってしまった。
「さすが!やはり、お館の主殿は格が上手じゃ。お主からは逃げられられないようじゃの・・・」
「お主の術は、砂地の下の生き物が本体、始めに出てきた生き物が傀儡クグツ=アヤツリと見せかけることが相手への誤誘導を誘って打ち取るのよ。しかし、実は始めの人形が真の体よ。
始めの体は、保護色というべきか、蛸にも似た、変化ヘンゲの色素球を砂地の色に合わせて体を
目立たなくさせてその辺に横たわっていただけの事。その間、傀儡に気を取られた相手に
お主は毒針攻撃なり短剣攻撃なり仕掛ければよかった。
ところが、こいつには一つだけ欠点があった。
お主は水性生物じゃから、ほれ、砂地に水の生き物が這ったような痕跡があろう。
ところが2番目の幻で出てきた生き物の埋まっておったっところは水の流れた痕がないのだ。
水の供給が必要ないからぢゃよ。そんなことは、両生類や、遠い国に住まうとか聞く
<ハイギョ>とやらでもできんぞ。」
「なんもかも、お見通しでござったか?!」
。。。<「ハイギョ???」えーと、どっかにあったな・・・永久・数・和・どう?エクスワードぉ?・・・
あ、これこれ・・・<ハイギョ:ふむふむ>・・・こんなことまで御存知とは・・・>。。。
「覚悟はよいな!?
それにしても、<越前・敦賀>は[*モ=#ン+じ¥ュ(伏字になってないよ!!)]とやらから出た何物かが、
対馬海流に乗ってお主をこのような姿にしたのであろう。あわれ。しかし悪さをするとなれば、かわいそうだが
死んでもらうぞ。」
四分の一蔵が手元に少し火花を散らすと、炎が走って、ついに怪人の体は四散した。
浜には一斉に、歓声。母親からは何度も何度も礼を言われた。
始めバカにしていた若い衆は
「いや、御見それいたしやした。街の道場の師範になってくだせい!!」
と。
皆に囲まれていた四分の一蔵であったが、ふと人垣の外に目をやると、懐かしい顔。
「お頭様、いつ火走りの術ほか、変わり身の術なんぞ覚えたのです。」
「おお、これは、、お頭様はおやめくだされ。
本日はまたお屋形様。御j機嫌麗しゅう。
それにしても、このような鄙ヒナに何用でございまする。」
「半蔵様こそ<御屋形様>はおやめくだされ。
もともと、拙者があなた様の部下だったのですから・・・
今回は、拙者だけが、半蔵様のお招きを賜っておらなんだので勝手に参った次第。」
(これは天真の記憶違い)
「おや、そうでございましたかの?」
「<この、くそ爺ィ、やっぱり昔のままだ・・>
ところで、これからどちらにおいでになるおつもりだったのですか?」
「竜宮城ぢゃよ。」
「<ほんとに全くどこまでも、、食えない爺ィだ!!>」
「そうじゃ、そこに「亀の井タクシー」も待たせてあるぞ。天真殿も一緒に参られるか?」
天真がついていってみると
「亀の井タクシー、秋田支店<本社別府市>」と甲羅にかかれたカメがいるではないか!!
「あはは、半蔵様も冗談が過ぎる。この甲羅の字、半蔵様の<テ>ではございませぬか!?」
「それはどーじゃろーかの。」
といつになく険しい顔つきになった。
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●亀の井バスKK
本社別府市、昭和3(1928)年設立。昭和39(1964)年西鉄グループに参画
日本で最初に女性バスガイドを採用した会社。
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そこで、天真は目が覚めた。
「???!・・・!ひょっとして、半蔵様に死が迫っているのでは?
誰かある?」
「サンマルコ、御前に・・・」
「影丸を呼べるか?」
「影丸様は、今紀州・雑賀の衆との縄張り策定線協議のため伊賀上野学校、京都呉服店いずれも
ご不在にしておいでだそうです。
それに外は野分(台風)にございます。」
「まことか?」
「は、尾張管区気象台発表情報を、名古屋みなと、大江の衆が江戸に早馬でもたらした連絡によりますと、
<本年度野分九号は潮岬坤ヒツジサル=南西約25里18町(=100km)の沖合にあり、一刻イットキ17里30町
(35km/hr)のはやさで艮ウシトラ=北東に進みつつあり>と。
一刻の降水量が五寸三分(=80mm/hr)とかで、
五十年に一度とかゆーソーテーガイの集中豪雨だそうであります。
いくら影丸様でも・・・」
***<図ー1、江戸時代の話にマッチしない現代の地図ですが・・・>
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「モーよい!!」
「天真殿、拙者がひとっ走りいって様子を見て参ろうか?」
「おお幻之丞。わしはお主のような優れた仲間をこの天変地異の中、危険とわかっていながら遠路*の遣いに
出すなどバカげたことで失いたくないぞ。
気持ちだけありがたく頂戴しておく。」
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●東北新幹線:東京ー新青森営業実キロ674.9km=172里と6町
■東海道新幹線:東京―新大阪営業実キロ515.4km=131里と17町
条里制は1町=109m,1里=36町」≒3.92kmで計算しました。
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「何の天真殿、陸奥の国までの生き返りで落命の可能性があるなどどは考えすぎでござろう。
トンネルだらけの東北新幹線。トンネルをたどって行けば(こら!!!)拙者の目にかかればすぐにでも
<國境を抜けるとそこは雪國だった:by 川端 康成>(退場!!)でござろうよ。」
「ところで、お主、任務の内容は・・・」
「半蔵様の消息ショウソコの確認と・・・」
「と?」
「半蔵様の本当の出自を調べてくること。本来なら後の方はお引き受けしかねるところ、名だたる秘技を
お持ちの天真殿の夢見が悪かったのは、半蔵様の御家柄と無関係ではないと御本人からいわれれば
調べに行かねばなりますまい。」
「いや、その件でしたら、拙者がお調べ申しました。」
「脳天鬼、相変わらず素早いの。聞かせてくれんか?!」
「はは。機織家は、奥州藤原家の祖となりました清原家、最も後三年の役の頃は二派に分かれて
お家騒動中でありました。その清原家お家騒動勝者の家臣にございます。
そして機織家は当時約2000石程度の荘司(荘園の管理人)でありました。最初、両家の戦いを傍観していた
ようでございましたが、後三年の役の勝負を決定づけたといわれます、「向能代ムコウノシロの戦い」に、
何を思ったか、当主自ら七十騎程度(当時の標準兵力は1万石で100騎相当、2000石の豪族が70騎も
出すと、本国を攻められると乗っ取られる可能性あり)を率いて、もう間もなく全員討死直前か?と
いったほどの最後の城だけが残っていた清原家側の応援に駆け付けたそうでございます。」
「まて。いくら平安の身内同士の戦いでも、兵力は3000騎程度はあっただろう?」
********[登場人物ご紹介]*****
機織四分の一蔵:先代の江戸城伊賀組御庭番統括者、7代目服部半蔵。
第二次飛騨忍群(私のヨタ話「影丸のいない日、2014.11)との戦い後
身をひくと、出身地の機織郷(=能代地方)に隠居
※服部半蔵の世代が前回と一大ズレていますが、只今調査中であります
天真=日輪天真:地獄谷の忍者・・・
第一次飛騨忍群戦(横山光輝先生の少年サンデー連載のマジなお話「半蔵暗殺秘帳」)に
六代目(上の半蔵の先代)に召集された。優れた資質と統率力から第二次飛騨忍群戦以後
江戸城伊賀組御庭番統括者となる。
幻之丞=十六夜幻之丞:地獄谷の忍者・・・第一次飛騨忍群線に6代目(上の半蔵の先代)に召集された。
第二次飛騨忍群戦以後、天真の補佐役
以下は第二次飛騨忍群戦に参戦した第二世代の者たち
サンマルコ:左近丸縁者(由比小雪・編)
脳天鬼:天鬼嫡男(七つの影法師・編)
飛行僧、彦三の息子(若葉城・編)
***************************:
「御意。未明開戦時は、互いに2500-3000程度の歩兵と100騎程度の槍騎兵ソウキヘイがいたことに
なっております。」
「槍の騎兵か?」
「いえ、馬に引かせた車台に槍や弓を持った兵が載った絵が描かれております。」
「いやなんと、今より進んだ戦術兵器ではないか?
こんな快速の車に兵が載って戦っていたとは・・・」
***<図ー2>後漢時代の「戦車」***
*******************:
古代エジプトでも常用戦力として使われており
こちらでは「チャリオットChariot」と呼ばれておりました。
アルファベットの並びを見てなんとなく感ずるところが
あるかと思われますが<Chario->の部分が
*イタリア
Carro Armato(装甲車輌)
Carroとだけ言えばラテン系諸国では「車」の意で、発音は「カルロ」
Monte Carro「モンテカルロ」はシャルル(Ⅲ世)の山
英語圏ではさらに簡単になってCarとなりました
**************************
「そして、機織家は、この時代の槍騎兵乗車の車台よりさらに大型の2頭立て4輪馬車に射手を4人のせ
死角をなくす車を開発したそうで、馬、御者にも甲冑をつけ2頭6人で1台、それを10台用意、あとの10人は
整備兵というのでしょうか?
ですから、その内乱の出撃の時も、実質60騎で、優勢な清原家の後方から突如、現れ、大型の高い
車台から繰り出す弓矢と岩、熱湯で、攻め勝っていた清原方の槍騎兵部隊を全滅させ、歩兵隊も散々に
蹴散らし、切腹寸前の負け戦と決めつけていた清原家当主と手を結んだとあります。」
「いや、戦の経過は、大変よく分かった。
疑問は二つだな。」
「なぜ、そのような技術が機織家に伝わっていたか、あるいは、その10台はいつからあったか。
なぜ負けている方と手を結ぼうとしたか?得することでもあったか??」
「その通り!!」
「お頭様。後の答えはすぐでそうです。」
「ん?どういうことだ?」
「最終的に勝った清原氏の荘園面積が大きかったようです」。
「しかし戦に勝てば、いずれ、勝った方のモノになるであろうから、関係アルまい。」
「はは、しかし、今まさに勝たんとしていた清原氏3兄弟は普段からあまり仲がいいとはいえず、、
負けそうであった方はいつも結束が強かったようです。機織勢は、最後に、いざこざが
起こりそうもない方に着くことを選択したのではありませんか。」
「大いにありうることだな」。
「それでは、前半、いろいろ、術を使うことについいてはどうじゃ?」
「確たる証拠ではありませぬが、<陸奥風土記>に機織郷に安倍清明の血縁者で、
子々孫々怪異をあらはす者ありて。。。とあり・・・どうかなさいましたか?」
「ん?幻之丞は?
誰か、幻之丞を見たものはおるか??
「サンマルコ、幻之丞様が旅姿で、さきほとおでかけになったかと・・・」
「mmm!!しまった!!やつにしてやられた。飛行僧をよべ!!
ところで、もし、半蔵様が術を使うとすれば、それは忍びとしての備えではなく
<古武道>の術であるまいか?というべきところか??」
ぴぽ
「は、飛行僧、ただいま参上仕りました。」
「お。待ちかねた。お主、手漕ぎの四輪車を作れまいか?」
*******<図ー3:手漕ぎ四輪車、自分たちで動かせるトロッコ>***
*******
「車輪の幅とどーいったところを走るかお教えくださいませ。」
「四十七寸八分(=1435mm)。新幹線レールの上じゃ。」
「四半刻(=30分)時間をくださいませ。」
といいつつ、背中の大凧を壊してゆく・・・
「お主の大事な飛び道具ではないか?」
「左様にございますが、このような野分の最中は、風向・風力定まらず使い物になりません。」
ぴぽ
さあ、できました。」
「もーか?約束の時間の半分じゃ!!
脳天鬼、飛行僧。二人ともさしたる用事を抱えていなければ、幻之丞を追跡してほしい。
あやつを一人にさせたくないのぢゃ。」
「かしこまりました。」
「絶対単独行動は慎むように!」
ぴぽぴぽ
さすがは機動力というべきか、一刻(=2時間)程先行していた幻之丞を「幸手サッテ、日本橋から12里12町=48.4kmの地点」で追いつき、以後三人旅となった。
############<3人がたどった行程:奥州街道を細分化>#####
■日光街道:日本橋ー宇都宮 27里14町=107.4km
■奥州道中:宇都宮ー白河 23里21町= 92.5km
●奥州道中(街道)の起点・終点に諸説ありますが、ここでは「広義の奥州街道:
(日本橋ー宇都宮は日光街道と二重戸籍)宇都宮ー三厩」のうち
「奥州街道奉行」が管理した区間としました。
■仙台・松前道;奥羽街道の狭義名で3人は白河ー青森まで進みます。
(早くから、青森より先三厩まで整備されていましたが、江戸中期までは距離測定が
行われていたのは盛岡までだったようです)。
:白河ー盛岡:90里29町=356km
■■計:日本橋ー青森:187里27町=736km(ただしこちらは明治6,1873年測定):
新幹線実距離より100kmほど長いことに注目してください
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幻之丞は一人のほうが行動しやすいと、ずーーーーーッと文句を垂れていたがほかの二人は下位なので
黙って聞いているほかなかった。それでも大きな峠などでは漕ぎ手を交代してくれたりもした。
夜同士漕ぎまくって、江戸城を出発したのが「夕方4時。その30時間30分後の翌晩10時半。
日本橋ー青森:187里27町=736kmで計算すると、24.1km/hrとナカナカの速さ。
さて能代までどーしたものかと悩んでいると、飛行僧が
「実はこれ35寸6分(=1067mm)にもなるのです。
***<奥羽線沿いに「青森ー東能代121.3km=30里34町」を行くと>・・・
121.3km:これを24.1km/hrで走ると5時間2分
*******<青森で休憩1時間後出発として、東能代到着は出発した翌々日の朝4時半>###
全行程所要時間13時間。
*************************
と言って工具もなしに軌道幅に合わせて出発。
***申し訳ありません・・・
お約束の字数制限に火かかってしまいました。
はたして、3人は能代まで出向き、服部半蔵の本性を見抜いて帰ってくることができますでしょうか?
(いつかわからない)近々までお待ちください。
サイユーキ 後半に続く・・・違うと思うよ・・・
台風の爪痕・影丸外伝②<前半> 了
後半に続く
いつもの独りよがりモノガタリです@、
最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。
<後半>迄お待ちになれるかた、よろしくお願い申し上げます。
カラスのクンセイ 拝


