コメントに代えて,昭和54(1979)年3月24日、新金谷付近 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

まず皆さま

画質が悪いと申しますか、保存がなっていないと申しますか、

そのことをお詫び申し上げます。

加えて、新しく、自動ショーテン・カメラ(当時のサイシンシキ)を持ち歩いてみましたところ

露光の強いところでシャッターが勝手に作動しまして・・・・

写真のピントも重ねてお詫び申し上げます。

撮影日はすべて、表題の54.3.24であります。

***********最初に金谷駅であります*****************

平成の合併でついに根負けして、東の島田市に吸収合併された(平成17[2005].6)

金谷でありますが、新幹線開業前は急行が結構停まっていましたので、てっきり

金谷市だと思っていたら、「町」で、高校生になるまで気が付きませんでした。

合併前人口は丁度2万人ほどでした。

**************************************

<大井川鉄道(当時はまだ鉄はこの字でした)の件>

昭和45年、自動信号化(閉塞化)を果たし、名鉄から3800形2連x1➡310形と改番、

扉間転換クロス化、急行電車として走らせました。3800は昭和23(1948)年生まれの御老体で

急行塗色も厚化粧でしたが、主電動機は112.5x4=450kwでNo1 などなどと「鉄道ファン」に

書かれてありましたので、急に見に行きたくなりました。

3800は訪問時3編成になっており、SL急行も走っておりました。

この時がこの鉄道が一番躍進していたころかと思います。

*********金谷から新金谷へ、両駅間2km程です************

ガード下をのぞくと、千頭センズ(これも結構難しいですね)行が出ていきました。

地図を見るとこの場所でいいと思うのですが、建物マークが少し違います。

35年も経てば、こんなもんですか?

車輌は?3800⇒310形?

*****************新金谷駅であります*****************

駅前通りは当時はVの字のとがったところに高校の体育館でも立っている雰囲気でした。

先代の、上越線・加茂駅がそうでしたが、こちらは駅前再開発で、すっかり変わりました。

 

今、大井川はクキョーに立たされているとのことですが、せっかくの観光鉄道のお仕事も

地域輸送のお仕事も変わらず続けていただきけることをご祈念申し上げる次第であります。

 

●フロク:「川根両国茶・摩利支」

 普通茶摘みは1年3回行われますが、マリシは年1回のみであります。

 摩利支天は密教の佛で、我が国に渡った時に武道と保身の神になりました。

 摩利支は密教12神の中でも上位なので、茶でも同様の意味で名付けられたようですが、

 県外に出ることは、作付面積が小さく、一度摘みであることから収量が少ないため

 ほとんどありません。

 お茶好きの方ぜひ一度試飲をお勧めいたします。

 一般的小売価格はピンキリありますが1グラム5000-20000円、

 です。

 

 またつまらぬたわごとまで聞いていただきありがとうございました

 

  カラスのクンセイ 拝