秋田の地震 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

「秋田」を「身の回り」というのも変な話ですが、前回、「芭蕉が象潟まで足をのばした話」をかき、また私の父が今や鶏ではブレンド品?となった「比内」出身でありますので、全く無縁というほどでもなく、チョット秋田の地震を調べようかという気持ちになりました。


そしてまた何より、9月11日で、あの大災害の日から丁度2年半という区切りの日となることも、動機の一つになったかと思いました。



東北地方の地震というと、皆さんは、何といっても上記、平成23年の東日本震災、それ以外にも数次の三陸沖地震や、十勝沖地震の影響など、どうしても奥羽山脈の分水嶺から太平洋側に多いのではとお感じになるでしょう。


しかし、東日本震災では、秋田県内で負傷者11名などの被害が生じました(平成25年3月11日現在、消防庁調べ)し、後、輪島地震、山古志村が壊滅した新潟地震など決して、日本海側の地震も侮れない存在であります。


■■秋田県に被害を及ぼす地震は、

 ①日本海東縁部で発生する地震と、

 ②陸域の浅い場所で発生する地震・・・の二つの特徴があります。


①●日本海東縁部では、

●1833<1868年が明治元年>年の庄内沖の地震(M7.7)・・・◆

●1964(昭和39)年に日本海中部地震の震源域付近で発生した男鹿半島沖の地震(M6.9)

●1964年の「新潟地震」(M7.5)・・・◆

●1983(昭和58)年日本海中部地震が発生(M7.7)。死者83名・・・◆


・・・◆:津波や地震の揺れ、地盤の液状化現象などによる被害が生じました。

    (新潟地震は県西部)

●●日本海東縁部は太平洋側沖合に比べて地震の活動度は低いのですが、この数十年間に限れば、北海道から新潟県の沖合にかけて、大きい地震がほぼ南北方向に列をなして次々と発生しました


●●現在では、日本海東縁部は、

太平洋側のように海溝からプレートが沈み込み、その境界付近で発生する地震によって圧縮力による歪みを解消するのではなく

プレート境界が南北走向の東西に分布する何条かの断層・褶曲帯(「歪み集中帯」)から成り、幅を持った領域全体で地震や褶曲活動により圧縮力による歪みを解消すると考えられています。


●●「1833年の庄内沖の地震の震源域」と「昭和58年(1983年)日本海中部地震」との震源域の間に挟まれた海域では、過去に大きな地震の発生は知られていません。

このため、この海域を地震の空白域と考える説があります


②●秋田地震のもう一つの特徴であります・・・

:東北の他の地域に比べて多くの場合陸の被害が大きいことが知られています。

<明治以降>

□秋田・岩手県境には1896(明治29)年の陸羽地震(M7.2)。

□県南部には1914(大正3)年の秋田仙北(せんぼく)地震(M7.1:通称・強首(こわくび)地震)。

□沿岸付近には1939(昭和14)年の男鹿(おが)地震(M6.8)。・・・などが発生しており、


それより小さいM6程度の被害地震[例えば、1970(昭和45)年の秋田県南東部の地震(M6.2)]もいくつか知られています。


これらの被害地震は、1896年の陸羽地震のように活断層帯で発生している場合もありますが、活断層が知られていない地域で発生した場合もあります。
 

☆日本海沿岸の青森県との県境付近、森吉山付近や花輪付近、県南東部の栗駒山周辺、及び岩手県との県境付近のところどころでは、最大でM4程度以下の規模の群発地震がときどき発生しています。
 

●秋田県の主要な活断層は、

<県外に及ぶもの>

◎日本海沿岸の北部に能代断層帯 、南部に北由利断層

◎奥羽山脈の北端付近の花輪盆地の東縁に花輪東断層帯、奥羽山脈の西側には横手盆地東縁断層帯

◎岩手県との県境付近に雫石盆地西縁-真昼山地東縁断層帯 があります。

<県内を始点として海中に活断層を認める地域>

◎県内に被害を及ぼす可能性のある海溝型地震には、

  青森県西方沖 、秋田県沖 、山形県沖、佐渡島北方沖の領域 で発生する地震がありましたし、今後も

 考えられるようです。


●●「秋田県関連」過去の地震(明治・陸羽地震の前まで+東日本震災まで)

年号        主たる被災地     Mag   被害状況

           <別名>

①830(天長7)年  出羽            7-7.5 城郭、家屋に倒壊による圧死15、負傷者100以上

 <参考:貞観地震:869年 M8.6-8.9>

②1644(正保1)年10月18日 羽後      6.5±0.25 本荘城・城郭大破、建物倒壊による死者あり

             <羽後本荘地震> 

③1694(元禄7)年6月19日 能代付近    7.0    米代川下流で被災。

                                 秋田・弘前を中心で死社394、家屋倒壊1273

④1704(宝永1)年5月27日 羽後・陸奥  7.0±0.25 死者58、住居倒壊435

⑤1804(文化1)年7月10日 <象潟地震> 7.0±0.1   死者300以上、住居倒壊5000以上

⑥1810(文化7)年9月25日   羽後     6.5±0.25  男鹿半島の東半分が被災 死者57、住居倒壊1000
⑦1833(天保4)年12月7日 羽前~越後+佐渡 7.7   象潟で住居倒壊6以上

⑧1894(明治27)年10月22日 <庄内地震> 7.0    岩手・宮城・福島・山県に小規模被害。  

ーこの次が陸羽地震です

 <中略>
1.1983(昭和58)年5月26日 <日本海中部地震> 7.7   津波+振動被害。死者83、住居全壊757
2.1999(平成8)年8月11日  秋田ー宮城県境    5.9   建物、農業用施設、国道の一部破損。
3.2011(平成23)年9月11日 <東日本震災>    9.0