主に、関西圏の地名です。
大和言葉が固定して使われるようになったのが3世紀
漢字の関西圏の流入が6世紀。
さて、漢字の意味に近い大和言葉を一生懸命探しました。
ところが、当時は、大和言葉のほうには、文字がなかったといわれていましたし
(諸説あります)、人によっては、発音はまちまち、
さー、こまったぞ・・・
実に、1800年代に蝦夷地において、アイヌ語地名に漢字を当てるときより、もっと手間だったのではなかったのではないでしょうか??このときは、和人は少なくとも字を知っていましたから・・・
でも、中には、「冬窓床・ぶいま」、「入境学・にこまない」、「来止臥・きとうし」とか、漢字の達人でも????なんてのもありますけどね・・・・
ま、それはともかく、
☆枕詞風のもの
●飛鳥・あすか:有名どころで・・・「飛ぶ鳥の明日香」が縮まった時に、肝心の、「明日香・あすか」の方が
脱落、「飛鳥=あすか」になっちゃいました。
●日下(これは100%)証明されていません
:①神武天皇が(この段階ですでにかなりアヤシー)「ひのもと(日下)の草加(香)」という
地名を生駒山系の一部に授けた
②「日=く」と読むのは「日=か」と発音する何らかの転訛である。また「下=さか」は
「さがる」の一部
●一口(同上):①「ひとくち」の「芋洗い・いもあらい」で「一口=いもあらいとなった」
②今は埋め立てられてなくなったが、巨椋池に厄災を払ってくれる入口があって、「忌む・
洗い(ながす)→いむあらい→一口」
②と類似例、3つほどあり
☆単純になぜ?そんなふーに縮めちゃったの?(関西地区ばかりやり玉にあげたら怒られそーなので
ちがうところで・・・)
*鹿児島市営交通:「いづろ」・・・以前の表記は「石燈籠」
*熊本電鉄:「はけのみや」・・・漢字では「八景水谷」・・・もっとかっこいい字の組み合わせがあったかと
*富山地鉄:「そーがわ」・・・漢字では「総曲輪」
恐らく「伊予鉄の<松山市駅>の旧称、<外側>も松山城の一番外側の武士団の守り
か、住宅街か同じ発想と思います。
日本語はむずかしーですね・・・