海を渡ってきた紅ー赤その(5) | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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  せん。

どこのどなたが考えたのでしょーネ?「紅白」がおめでたい象徴だなんて・・・・

これが、今回私の疑問点のスタートでした。


ちがう原稿に書いたことがありましたが、今よりちょっと前、ヒレ肉だけで車が買えるといわれていた「大田原牛」の産地、栃木県・大田原市。


むかーしむかし、そこを「東野鉄道→現・東野交通」というのが走っておりまして、大田原駅の近くに「白旗城址駅」というのがありました。

何にも知らない私は「戦う前から、白旗挙げてgive upかい?」と考えましたが、これは、「源氏方の城ダヨ」という意味だということを、大分年長になってから知りました。


イヤ、実に、ソーなんです。日本における「紅白」の発祥は源平合戦 とされております。

すなわち、源氏が白旗、平氏が紅旗を掲げて戦った際に用いられた配色であります。


対照的で際立った色合いでもあることから、日本において、伝統的に対抗する配色として用いられるようになりました 。 

しかし、紅白の起源については「源平」以外にも諸説あり、ホントーのところは決着がついていないようであります。


紅白は「太陽の象徴=晴れ」を意味し、祝いの席で「紅白餅」をはじめとする「紅白モノ」が、縁起物に用いられています。


これは、「赤が赤子=出生」 を、「白が死装束死 or 別れ」を意味するところから、人の一生の縮図を表すという説。

または花嫁衣裳の色であるという説。


そして、単に「赤色」という意味でありますのに、日本では古来から赤飯などでの祝い事では、「紅白」の「紅・くれない=深紅」のように「赤の中でも」限定された色の文字を遣っている不思議。


なぜ「赤白」で「セキハク」とせずに「紅白」とするかというと、「赤」を「セキ」と音読みすると、「赤裸々」「赤貧」などのように「裸」「むき出し」などの別の意味、それもあまりよくない意味になってしまうことが多いことから「赤白・せきはく」は採用されなかったのでしょう。


もともと「赤」には「ありのまま」ですとか、「何一つ余分なものがない」といった意味があり、もうひとつの字義には「まこと、まごころ」というのもありますが、やはり、イメージとしては上記のように「まるはだか」的なチョットかっこワリー印象はぬぐえません。


そこで「紅」の登場となるわけですが、このすり替え的ペテン風用法は現代中国語にも残っており、「あか」の意味で「紅」が常用され、「赤」は通常は用いられないとありました。

日本の「赤十字社」という団体名は、中国では「紅十字会」だそうです。


さすが、漢字の国だけのことはあるなーと思いました。


でも・・・やなせ たかしさんの「僕らはみんな生きている」の「さび」のところで、チューゴクの方々は、


♪ まぁー紅に流れるぅ~、僕のちーしーおー・・・とお歌いになるのでしょーか?

(ここは揚げ足を取るコーナーでないべ!!!)