心頭滅却すれば・・・ | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

私の就職したところは、イチオー独立社屋でしたが、築??年とかゆー札幌でも古強者だったそうで・・・


それで、私の勤めた年[昭和58(1983)年]から3ヶ年計画、スクラップ&ビルド方式で全面改築することになりました。


私の一年目の仕事といーますと、まーゾーキン掛けみたいモンでして、2-3年目はひたすら試験管振りをやらされました。毎日毎日・・・


ツマランかったです。これが、仕事の一番役に立つとわかったのは、そーですねー、就職してから6年程たってからでしたでしょーか?


それでも、3年目からは、下のじゅーぎょーいんの教育もしなければなりませんでしたし、「たまにはのみにつれていけ」とたかられもしました。


私の居場所が、昭和60年、職場の最後の改築場所となりましたが、実験が終わったサンプルは、念のためある期間保存しておかなければならず、その保管場所というのが、<-20度の冷凍庫の中>でした。


部屋の出入り口以外の壁際には、コンビニでよく見かける、あのデカ冷凍庫がぐるっと部屋を一周しておりまして、夏、寒い日の早朝に来ても、室温は冷凍庫の放熱ですでに30度・・・一遍にやる気がうせます。


それでも、特例として、室温が朝から35度を超えた場合は実験系に重大な影響を与える場合がありうるので、その日の実験はやめること、とありました。


でも、その35度の日ってなかなかきてくれないのです。


心頭滅却すれば火もまた涼し・・・あーあー、そーでしょーとも!!


でも、冷凍庫のような機械の放熱温は気力ではドーにも涼しくなりませんでした。



グチばっかりの不愉快な話でどーもスイマセンでした。

改築後は気が抜けるほど快適に仕事ができるようになったのは、ゆーまでもありません。