朝日杯は、1枠の外車にやられてしまった。

レースはニュースで直線しか見てないけど、痛快な逃げっぷり。

ステキな2枚腰。1勝馬という肩書きを呪いたくなる程w

ゴスホークケンは、強かった…。それとも、内枠の勝浦Jは東京じゃなくても警戒すべきなのか?

キャプテンとレッツゴーキリシマにドリームシグナルそしてフォーチュンワード。

4頭のB連で負け戦なのは相変わらず。なしてワイドにしない…。

______愚痴ここまで________


まだ自分が若かった頃。私は競馬の生き神に逢った。

正確には、「逢いに行った」のだけど。

そこで記念にと、テレカを購入した(テレカ、という時点ですげぇのぉw)

多分、当時谷川牧場で販売していたものだったと記憶している。

ちなみにそれから約10年して後行った時には記帳しか出来なくなってました。

昔は入れたシンザンの居た牧草地一帯は全て立ち入れなくなってました。

…別に残念とは思わなかった。ただ、色々あったんだろうな、と思っただけ。
(ちなみにこの時、イーストスタッドで繁用された初年度のオペラオーと

ドトウには逢えず仕舞い。天候不良が続いていたため…)


もちろん、テレカに映るシンザンは若かりし頃のもので、このポーズは

シンザンの「ナタの切れ味」と評された差し足を支える強固な後脚を印象付ける

ものとして、有名になっていたものです。今見てもやっぱかっこえぇなぁ…。

そりゃ、普通にできる馬も沢山いるのでしょうが、やっぱりこの方は特別っす。


で、撮った写真の1枚がプロフィールにあるシンザンって訳です。

学生の時にバイトで溜めた10万円を握り締めて、予約もせず(スカイメイト使ったし)

当時あった宮崎からの直行便で千歳空港へ飛んだ時の高揚感は今も忘れられません。

車の免許も無く、電車に乗って日高幌別へ行きました(当時から本数少なかったな…)。

今にして思うとかなり無茶したな、と思うのですが。泊まりも予約なんてしてないし、

お金使えなかったから、素泊まり\3,000~3,500の宿を渡り歩きました。


どうしてシンザンだったのか?というと、当時競馬に興味を持った時によく読んでいた

「優駿」等の雑誌や名馬関係を特集した書物を読んでいて、何かと登場する方だった

から、なのですが…


サラブレッドってその生まれからして、どうしも儚いイメージが付きまとうと思いませんか?

(私だけかも知れませんが)それが、良い悪いではなく、宿命だからこそ、

とんでもなく長寿な馬→稀有な存在に惹かれたのかも知れません。

調べてみると、比較的出会える可能性が高く、その気になれば何とか(宮崎からでも)

逢いに行けそうだったのが、シンザンだった。そういう事です。


そして、生まれて始めて間近で見た馬がシンザンだったって訳です。

~後半へ続く~