日頃より本チームの活動へのご理解、ご支援、ご声援誠にありがとうございます。OG の皆さん、保護者の皆さまをはじめこのチームに関わってくださった全ての皆さんのおかげで25チームは1年間活動をすることができました。本当にありがとうございました。
25年度主将を務めました、飯島幸菜です。
先日ついに引退をしましたが、
怪我のおかげでバイトや遊びにも行けなくて1日中家にいるので今は家事の手伝いを毎日頑張っています。
でもやっぱり何もやることがなく新しい趣味探してます家でひとりでできるオススメなにかあれば教えてください。
ついに、引退ブログというものを書く日が来てしまいました
私はこれまで4年間他大学の方のブログもたくさん読ませていただき勝手に素敵な言葉を拝借してモチベにしていたり、感化されていましたが、私のブログを読まれることは恥ずかしいのでどうか他大学の方が見ていないことを祈っています。
と、メモに書いていたのですが明星のヒマ🌻の引退ブログに私のブログで泣いたと書いてあったことを先程教えてもらい(嬉しいようなでもやっぱり恥ずかしい) 、きっとこのブログも読む方がいらっしゃるのかと思いながらどうか何年か前のブログも読んじゃう方にはこのブログが見つからないことを祈ります。。
今までで一番長いブログになりました。たぶんいらんこともたくさん書いてあります。お時間あるときにぜひ読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
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高校3年生の3月、コロナ禍の影響で
当時私が人生でいちばん熱中していた部活を
あっけなく引退しました。高校3年間の感謝と頑張りと成長を見せることができませんでした。
このやりきれない気持ちからなのか大学でも何か熱中出来ることをやりたい!と思いました。
そんな時にラクロス部をみつけてひとりで体験行き周りには経験者とかもうパスキャもできてうまい!みたいな人しかいなくて不安しかなかったけど体力だけはあるという謎の自信とがんばろー!って気持ちで入部しました。
1年生、
毎日ひたすら頑張るのみでした。パスキャがとにかく出来なくて苦手で暴投しまくるしキャッチもできない。
組織を理解することにも時間かかるタイプですいさんとけいさんからOFグルに毎日送られてくる動画反省を理解することで精一杯でした。
6on6は正直外から見ているのが一番楽しかったです。そこにツキが入っていてもすごいなと思うだけでした。自分が入りたいって思いはなくて、入っても絶対に体現できないから迷惑かけると思っていました。
共立戦でたくさん求められ泣いていたツキを見て、圧倒的にツキにおいていかれていることを痛感しました。1年生で唯一出ているツキにプレッシャーがあるのは当たり前なのに、私なんかでは泣いているツキに寄り添う資格もないと思いました。
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冬の基礎期間にはいり、精神的にもかなりしんどくて、ツキとチアさんとずっと1on1をやり続けていた日々は辛すぎて忘れられません‼️
2年生
私はMFをやることになりました。やるしかないという思いでとにかく必死でした。
リーグ戦の結果はボロボロで0-22とか意味わかんないくらいボコボコにされた試合もありました。
日本女子戦のDFで逆キーだよ‼️と相手のベンチから大声で言われ大声で言うな‼️とイライラして絶対にワン負けないと思ったけど粘り強さで負けて心が折れかけました。(フリシューで外してくれたので助かった)この日からDF上手くなって絶対に見返すと決めました。こいつは弱いとなめられたくない一心でした。
入れ替え戦前でチームの雰囲気が変わり本気で勝ちに行くチームができあがりました。この時の空気感は間違いなく勝てるチームでした。
試合も無事に勝てて3部残留です。
でも私は何もできなかった。この気持ちは絶対に24チームへの成長に繋げて必ずチームに貢献できるプレイヤーになろうと思いました。
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引退ブログなので書いちゃいますが、
2年生での1番の思い出は間違いなく罰走です。あゔぃさんとあんのおかげでとんでもない量の罰走が作られ、入れ替え戦前日にグラウンド20周したことは一生忘れません‼️さすがに無理でした‼️
3年生、
ついに来ましたこのシーズン!!大好きな一個上の先輩方の代です。1年生の時から楽しみにしていたシーズン、この代で2部を目指せると本気で思っていました。
めっちゃ走りました。頑張りました。
夏合宿ではmfの先輩方とかみんなフライしてるのに私だけずっと両面で一瞬わたしは?と思いましたが上手くなるための試練だと考えてちょっと体力限界だったけど夏の試合はフルで駆け抜けました。よく頑張った私!!!!
リーグ戦ではDMFやってくれと言われ、夏合宿の頑張りはどこへと思いながらもDFを全力でできる環境に感謝して、ATにはつきがいるからツキまで運ぼうDFまじでやってやるぞと頑張りました。
迎えた初戦、2戦目と大敗し現実を見たことを覚えています。こんなに強い先輩たちと戦ってもダメなのかという気持ちと2部には届かないことでだいぶ落ち込みました。
ただこんさんたち4年生さんが組織的にも技術面でも最後まで私たち後輩を求め続けてくれてチームを創り上げてくださったおかげで残りの2戦勝つことができました。得点は決めていませんが私のDFとかも役に立っていたと思います。
4年生、
勝てるチームを創りたくて、強いチームを創りたくて本当に頑張りました。
チームの運営も技術向上も全て2人でやろうと動きました。でもこれがいけませんでした。
想像していた以上に大変なことばかりで、課題やら負担やら何やら全て2人で背負い普通にキャパオーバーでした。
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このチームが勝つために私がいちばん動かなければいけない矢先、怪我をしてしまいました。
ああ、また私はあっけなく終わってしまった、これでは高校のときと変わらないではないか、何をしているんだ私。本当に落ちました。
フィールドで私は何もできない。少なからず私を頼りにしていた人はいただろうと思うしめっちゃ迷惑かけたし不安にもさせたと思います。私のやりたかったプレーは何もできないまま終わりました。
そして練習を外から見るようになりました。試合もベンチで見るようになりました。出たくてしょうがなかったです。
ラクロスしているみんなをみて私はなぜ動けないんだと、私が試合に入っていたら何か変わっただろうかなどたらればばかり考えて悔しくてみんなの前で泣き崩れそうでした。でも私が弱いほどチームも弱くなると思ってみんなといるときくらいはしっかりせねばと必死でした。(だけど毎日家で頭痛くなるまで号泣してました笑)
みんなにはとにかく勝てるチームになれと言うようにしました。
みんなにゴールを伝えてそこまでの道をなんとかつくらないと、それが私の役目だとあのときブログに書きました。この短すぎる期間でそれを行うのはかなり難しくて最後の方は結構厳しい言葉もかけるようになりました。
でもやはり遅すぎました。
変われたのかと聞かれたら答えはいいえで、何も変われなかった。入れ替え戦で「負けるべくして負けた」と言われた時は涙も出ませんでした。
最終的に多くの方が思っていた通り、またはそれ以下の結果となりました。創部初の4部という結果を残してしまいチームのみんなにもコーチさんにも先輩方にも正直顔向けできません。本当に申し訳ありません。
→エピソードはいくらでもあるので何かあれば聞いてください。何でも話します😓
ここからはいつも通り私の大切にしているコアな部分のメモを書こうと思います。最後のブログなので今までと重複しているのも多いと思いますが!
「何かを選ぶことは何かを捨てること」
何かを選択、決定することに対しては必ず何かを代償にしなくてはならないということです。
どちらかを選んだらもう片方は捨てるということ。その選択肢を捨てて選んだこと。どちらも取る中途半端であると物事は上手くいきません。その選択に後悔がないような行動を取る。
「下級生は上級生をよく見ている」
下級生は私たちの鏡。もしできていないことがあるとするならばそれは私たちができていないこと。技術面でも生活面でも。
「チームにいることへの責任」
少人数のこのチームには大きく影響しますが、このチームの一員であることの自覚を持つこと。1人いないだけでチームに穴があく。自分のレベルの低さがチームのレベルを下げる。チームは個人のレベル高い人に合うわけではなく低い人に合う。個人技量も練習態度や向き合い方など組織的な意味でも。
「自分たちで組織を作ること」
強制的な練習ではある程度の成長で止まってしまう。「やれ」だとやることに意味があるようになる可能性がある。
自分らの伸びる限度はないので終わりもない。ずっと成長できる。
言われたからやるのではなく自分たちの理想のために行う。言われてからやるのではその組織はできて継続、衰退していく可能性が高い。言われた以上のことをしないと成長はない。
ただメニューをこなすだけでは上にはいけない。
「努力は必ずしも報われない」
どんなに努力してどんなに頑張っても努力は簡単に裏切る。相手も死ぬほど努力しているのだ。努力しているのは自分たちだけではない。
ただ努力は自信になる。自信をつけろ。
↑↑文章の途中ですが今回のブログで私がいちばん言いたいことです
「1にすることの難しさ」
1億分の9999万9999でも1にはならない。
1分の1は簡単。2分の2はちょっと難しくなるけどできる。
みんなやっていても1人やらない奴がいると1にはならない
「水は低い方へ流れていく」
水を高いところへ持っていくにはとてつもない時間と労力が必要。保つことにも努力が必要。
しかし、低いところへ流すのはとても簡単で一瞬で終わる。何もしないでも勝手に流れてくれる。
ひとりでもそんなやつがいるとチームは下へと落ちていく。
他にもありますがこんなもんですかね!
組織とは本当に難しいです。
最後に。
26のメンバーへ
3部のステージを残せなくて本当に申し訳ない。3部へ戻ることはこれまでの3部残留することよりも難しいと思う。
勝てるかなという不安ではなく余裕で相手をのみこめるくらいの自信を全員がつけてください。25で頑張ってきた1年間も報われるような26シーズンにしてくれたら嬉しいです。
私は足を治したらいちばん練習にも応援も行きます約束します。
あんあす
きっと辛いことの方が多いだろうけど2人にならないでみんなを巻き込むんだよ。なによりラクロスを楽しんで☺️練習でも合宿でも丸大でも富士急でもなんでも誘って!行きます。
コーチさん
お忙しい中私たちに時間を作って練習来てくださったりmtgしてくださったりたくさん支えていただきました。みなさん4人が揃った日本女子戦で勝てて本当に嬉しかったです。本当にありがとうございました。
松本さん
辞める筆頭候補だったと言われ少し心外ですが、私もかなり4年間生意気でしたすみません。あの日「一番成長したって」言ってもらえてそんなことないって返しましたがかなり嬉しかったです。蒲田周辺の美味しいごはん屋さん教えてくださいね!^_^
父はきっと読まないし、母はブログを読まないと言っていたので両親へも書きます。
これまで中学高校と好きなことをやらせてくれて、大学ではラクロスをすると言ったら何それ?と言いながら頑張ってねとやらせてくれて本当に感謝しかありません。最後まで応援も来てくれてありがとう。
しかしあの日、「部活に行くな」と人生でいちばん怒られたことは正直今でも納得していませんごめんなさい。
手術頑張りますまだまだお世話になります‼️
ツキ
言いたいことたくさんあるけど、
とにかく4年間やってこれて良かった!まじでおつかれさま。
欲言うならツキともっとプレーしたかった。フィールドで隣で支えてあげたかった。
得点王のメール来て結構まじで涙出た、ほんとありがとう
この部活に入って、みんなと過ごして人間としても成長できたしなにより自信を持つっていうことができました。間違いなくこの4年間は人生でいちばん熱中しました‼️
この4年間、メンバーとコーチの皆さん、先輩方を保護者のみなさんはもちろんのこと、
男ラクのみんなやずっと仲良くしてくれて応援来てくれた共立や玉川のみんな、練習たくさん組んでくれた明星のみんな、合同練習組んでくださった学校の皆さん、主将会で出会った主将の皆さんなどなど、
私と関わってくださり本当にありがとうございました。たくさんの繋がりがあるのはラクロスの本当に素敵なところだと思います。
ラクロス部で活動できたこと本当に幸せです。
幸‼️‼️
そして、25チームへ関わってくれた全ての皆さま、本当に本当にありがとうございました。
今後とも帝京大学女子ラクロス部VARKYRIEをどうぞよろしくお願いいたします。
飯島幸菜 #19 さち