平素より、帝京大学女子ラクロス部を応援して下さっているOG、保護者の皆様、学校関係者の皆様、いつもご支援ご声援頂き、ありがとうございます。
今年度ゲームキャプテンを務めました、
4年の森優月(ツキ)と申します。
言語化することが苦手なので拙い文章ですが、当時の想いを、4年間を振り返りながら綴ろうと思います。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
1年生
自主練すればするほど技術がついてきて、
先輩方に褒められる度に嬉しくてまた練習して、ありがたいことに
リーグ戦は全試合出させてもらいました。
1年生の頃は事件も多々起こし、
(雨の階段大ゴケ、2万円紛失、sixes失踪)
最悪だけど今考えればおもろい。割愛します
最後の筑波戦ではリーグ初得点を決め、4年生さんに少しだけ恩返しができた気がします。
2年生
学年リーダーとしてチームMTGに参加し、Zoomの背景が宇宙だった人にガン詰めされた夜は一生忘れません。(2年次の大半の記憶それ)
前のブログにも書きましたが、入れ替え戦が決まってからの1ヶ月間は、本当にきつかったです。
まだ2年生だったけどプレッシャーは大きくて、勝手に涙が出てくるほど必死でした。
(↑入れ替え戦ブログ)
でもちゃんと努力は報われた。
5点取って有言実行できたことは自信に繋がりました。その後勢いづいて留学したり、
つま恋でベスト10を取れたり、ラクロスへの熱量は最高潮でした。
3年生
「一個上の先輩方と一緒に2部昇格したい」
1年生の頃からずっと口にしていた言葉で、
3年生まで、私の原動力は間違いなく24の先輩方でした。
小田急ユーザーのアヴィさんと電車内でFBしあったり、海外選手のインスタをフォローさせられたり。多分、私はアヴィさんのおかげでラクロスにハマりました。
ただ、24始動後は大っ嫌いなクーパー走とアジリティが練習時間の半分を占めていて、チームの技術が向上している実感を持てないまま、
それが夏まで続くと知った時、精神的に終わりました。
でも技術よりも、
幹部として求められる立場、同期が2人しかいない環境、相談できる人がいなくなった孤独感。
自分の勝手なチームの理想と現実のギャップに
本気で逃げてやろうと思っていました。
そんな時、「辞めたらゆづは絶対後悔するよ」
と結構なマジ顔で友達に言われたことが衝撃で、
私の中で大きな転機になりました。
先輩方と一緒に考える戦術も、一緒にやるオフェンスも大好きでした。
だから一緒に出来る最後の試合は、絶対に勝ちたかった。結果、7得点取り恩返しができたと同時に自分も燃え尽きました。
4年生
24チームが終わった時、私は一気に原動力を失いました。だからこそ、「自分がみんなの原動力にならなければいけない」と思い込み、
走り続けた1年間でした。
ゲームキャプテンとして、
点を取ること、苦しい時間にボールを奪うこと。
そして何より、チームの技術力を底上げすることが自分の役割だと思っていました。
コーチさんの評価シートには
1年生の頃からずっと、“自分のプレーを言語化してチームに還元してほしい”
と書かれていて、その課題がこの年になって一気に重くのしかかりました。
自分だけが頑張ればいい時期は終わって、
4年生こそチームを主語にしなければならない。
それなのに、技術向上も、組織作りも、
全部を2人だけで背負おうとして、全く上手くいかなかった。
さらにリーグ戦期間、帝京には次々と試練が重なり、落ちる所まで落ちました。
3・4年生のプレイヤーは2人になって、
もうどうにでもなれって思った時も正直あったし、本女戦前は試合にすら行きたくなかった。
もう負けたくないし、情けない姿も見せたくなかったから。
ラクロスのことを考えたくなくてバイトを沢山入れても、シュークリーム詰めながら結局頭ではずっとチームのことを考えてました。
それだけでなく、
自分のプレーもどんどん追い込まれていきました。
試合で緊張や焦りを感じたことがなかったのに、焦りがプレーに影響するようになりました。
それでも相手はシャットしてきたし、
自分へのマークが強くなってオフェンスが上手くいかなくなる度に、私は組織を何も創れていないと実感して苦しかった。
“自分が点を取らなきゃチームは負ける”
今年はずっとこの言葉が頭から離れませんでした。
色々な人から期待してもらって、プレッシャーも責任もあったけど、その中でも点を決めてチームの流れを変えるのが私の役割だった。
入れ替え戦もシャットされて、敗者復活戦は流れが帝京に来ていた時に、足を攣って流れを切ってしまった。
最後の試合、強気の1on1も仕掛けてないし、
あれだけ練習したランシューも打ってない。
試合を重ねる度に厚くなっていくDFを抜く気力も削られていった。
結果として、私達が望んでいた場所には届きませんでした。
この結果を前にしてどれだけ本気で向き合えていたのか。
何がいけなかったのか、どこで間違えたのか、
何度も自分に問いかけました。
私も努力した側に居たかったけれど、
きっと努力したつもりだっただけで、
覚悟も周囲を巻き込む力も全部足りなかったのだと思います。
それでもこの4年間を褒めたい自分もいて、、
出来ないことがあればできるまで向き合い続けたこと。それを認めてくれた人も沢山いたこと。
「OFメンバー全員で点を取る。」
一年前に掲げた目標を、最後の試合でようやく体現できました。
前日まで厳しく言ってきたけどみんなに求め続けて、信じてよかった。
最後までついてきてくれて本当にありがとう。
勝負の世界は残酷だと、何度も何度も思いました。
結果が全ての世界でこの4年間をどう価値のあるものにするのか。
「自分が原動力にならなければいけない」
そう思い続けた1年間でしたが、最後に残ったのは、自分1人の力だけでは何も成し遂げられなかった、という事実です。
それでも信じてついてきてくれた後輩達がいて、
期待してくれていた人たちがいたから、
私は最後まで走り切ることができました。
どんなに苦しくても、終わり方が残酷でも、
この4年間は私にとって宝物です。
26チームのみんなへ
自分の手で4部に落としたのに私は自分の手で3部にあげることが出来ない。
このまま引退するのは無責任だと何度も思いました。この1年間、耐えて耐えて3部奪還して25チームで積み上げてきた1年間は間違いじゃなかったと証明してほしいです。
みんなにこの想いを託すことになってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。
でも1番、26VARKYRIEを応援しています。
コーチの皆さん
てんさんのかけてくださる言葉に心が救われたり、小栗さんには同じATとして沢山の知識を教えていただき、すずゆうさんはG視点でランシューのアドバイスをいただきました。
こんなにも支えていただいたのに結果で恩返しすることができなかったのが心残りです。
まつけんさん、4部降格の得点王にはなるな
って言われたのになりましたすいません。
今年もコーチさんに恵まれた1年でした。
本当にありがとうございました。
さち
うちら4年間めちゃくちゃ頑張ったよね
反抗期時代もあったけど(╹◡╹)
授業中爆睡して恥ずかしい思いさせてごめんね!!!
靭帯完治したら4人で旅しようね
25VARKYRIEは、たくさんの方々に応援していただき、皆さんからのメッセージや現地まで足を運んでくださった応援が、
私達の大きな力になっていました。
今後も帝京大学女子ラクロス部
VARKYRIEの応援を、よろしくお願いいたします。
#11 ツキ



