定年後、妻につきまとうように、どこへ行くにもついてくる夫を「濡れ落ち葉」と呼びだしたのは、どれぐらい前だろう。

 

 スーパーで買い物を終え、カバンに品物をつめていると、七十代らしき手ぶらの男性がふらりとやってきた。どうやら私の隣でカゴいっぱいの食品をつめこんでいる女性の夫のようだ。

 

 その男性は我々の間に割り込むようにして立つと、「そんなにたくさんカバンに入るのか」などと妻に尋ねている。手は貸さない。ただ突っ立っている。

 

 大人二人サイズの台に三人が並んで立っているのだから狭い。だが、男性は何とも感じないらしい。その目には妻と買い物とカバンしか存在しないのだ。

 

 奥さんの方は、ただ無言かつ無心かつ無表情に品物を詰め続けている。そこにはちょっとひんやりとした空気が流れていた。

 

 

 黒川伊保子『男と女はすれ違う!』に、男の脳は「全体」と「目的」を見失わないとあった。だが、男性は女性なら気づいて当然なものが見えていない。何でも、「自分の気持ち」すらわからないのだとか。ましてや女房の……。

 

 ああ、こわい、こわい。いくつかの意味でこわかった。