http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016062701001890.html
司法書士が弁護士に代わってどこまで債務整理を引き受けられるかが争われた訴訟の上告審判決で、
最高裁第1小法廷(大谷直人裁判長)は27日、「債務額が140万円以下の場合に限られる」との初判断を示した。日弁連の解釈を支持する内容で、司法書士側に不利な判決が確定した。
司法書士法は、債務整理で「紛争の目的額が140万円を超えない」場合は、司法書士が債務者の代理人を務めることができると規定。
目的額について、日弁連は債務額と捉える一方、日本司法書士会連合会(日司連)は依頼人の利益とみなし、見解が対立していた。今回の訴訟もその解釈が争点だった。(共同)
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一見、我々底辺とは遠くかけ離れた世界の話で、なんの関係もないように思えるこのニュース。
しかし紐解いてみれば、実はその紐は社会を一回りしており、すべての事象は包括的にリンクしているともいえる。そういう意味で我々底辺とも大いに関係があるといえるんじゃないでしょうか。
ということで今回はこのニュースを取り上げてみる。
最近、いわゆる士業と呼ばれる国家資格者同士の縄張り争いが激化している。
どの士業も資格者は年々増えていくのに、経済は右肩下がりで仕事の総量は減る一方。
底辺を抜け出そうと仕事の合間を縫って必死に勉強し、せっかく難関資格に合格したと思ったら、収入は契約社員や派遣社員以下になったなんて話はざらに聞く。
どの士業もすこしでも食い扶持の縄張りを広げようと、あるいは維持しようと、他の士業とぶつかり合う。はたから見ていると実に醜いが、切実でもある。
かつてはバッヂが水戸黄門の印籠のように崇められた弁護士も例外ではない、というか後述するが弁護士こそが悲惨そのものだろう。
そもそもこの債務整理の代理権が司法書士に与えられた経緯を説明しておくと、もともと司法書士というのは、不動産登記や商業登記の登記業務や供託業務を主な業務としており、訴訟の代理人をするような地位にはなく、その地位にあるのは弁護士だけだった。
しかし、やはり司法書士も登記業務だけでは仕事が減る一方で苦しいということで、認定司法書士に限り140万円までの簡裁訴訟の代理権を認められたのが平成15年のこと。
本来なら、この時に弁護士がまったをかけるべきだった。
しかし、むしろこの時は「弁護士としては140万以下のそんな小さい民事訴訟に関わってられませんから、司法書士の方でどうぞどうぞ」という空気だった。
それがなぜ今ごろ縄張り争いの種となってしまうのか。
それにはこんな背景がある 下の図を見てほしい。
平成12年までは弁護士は司法書士より人数が少なかった。
長らく弁護士が人手不足だと言われていた時代のことだ。
ところが、平成12年を過ぎると、弁護士が司法書士を上回りはじめる。
といっても、簡易訴訟代理権の司法書士への付与が議題に上りはじめた13年~15年くらいではまだわずかに弁護士が上回るといった程度。
この時点でもまだ弁護士は人手不足とされており、弁護士の仕事の総量不足が問題とされることはなかった。
そこから一気に風向きが変わるのが、新司法試験が始まる平成18年以降のことである。
グラフを見れば一目瞭然だが、18年以降の弁護士の増加率は凄まじい。
平成24年に至っては、弁護士が司法書士の2倍近くもいるという状態にまでなってしまった。
こうして弁護士が大幅に増員されていくにしたがって、だんだんと一人当たりの仕事量が減ってくる。そうなってくると、140万円以下の簡裁訴訟代理(いわゆるサラ金の過払い請求)というのも弁護士にとっても貴重な収入源となってくるというわけだ。
最近、年収100万円以下の弁護士が急増しているとか、弁護士の就職難などが盛んに言われているが、上のグラフを見ればそれもそのはずと一目で納得いくだろう。(司法試験上位合格者と下位合格者、学閥などで格差は大きいが)
大体が、近年弁護士になってるような人たちは、子供のころからそれを目標に猛勉強してきた人たちばりだ。
そこから一流大学に入り、大学でもさらに勉強して、そのうえ奨学金として借金までしてロースクールに入る。
さらに、ロースクールでも猛勉強してようやく司法試験に合格したと思ったら、給付のない司法修習でさらに借金が増える。
こうしてようやく辿り着いた弁護士という地位なのに、そこに立ってみると、昔夢見ていたほどのステータスも権威もなく、仕事すらもないという現実が突きつけられる。
また弁護士という資格を維持するためには、年に50万~100万もする高額な弁護士会費を支払っていかないといけない。
弁護士になった状態ですでに借金漬けの状態なのに、昔ほどのステータスも収入も保証してくれない資格の維持のためだけに割に合わない50万~100万という金を年々払っていかないといけないという、、、
その窮状は察してあまりあるというところだ。
これは相手方の司法書士にも言える。
司法書士は知名度こそあまり高くないが、その資格試験は相当に難易度が高い。
何せその試験範囲は、民法や商法などの実体法に加えて訴訟法や登記法などの手続法も加わるため、司法試験よりもはるかに広い。
試験自体も、人によっては、司法試験よりも難しいという人もいるほどの難関だ。
しかし、そんな難しい試験を合格しても、それに見合うほどのステータスと収入が用意されているのかといえば、上位の周辺資格である弁護士が上記の状態であることを考えれば、察しはつくだろう。
新人司法書士の平均年収は100万~250万くらいだそうだ。
そのうえ、法律および判例上では弁護士は司法書士の業務もできてしまうため、食いあぶれた弁護士たちがいつ司法書士の職域に押し寄せてこないとも限らない。
弁護士や司法書士など、相当な努力をしてその資格を手にしたものが、経済的に全く報われないというのは、やはりこの国の歪であるといえるのではないでしょうか。
司法制度改革や士業の規制緩和には小泉・竹中らの新自由主義信奉者が果たした役割が大きいと聞く。
つまり資格の縄張り争いの激化は、格差社会を生んだ問題と同根といえると思う。
その小泉氏が東京知事選に出馬するとの声も聞こえてくるが、はたして氏に今もかつての支持と人気があるのだろうか。

