TEIAIELのブログ

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人は 減点法で判断する。


人間には 五感を所有する


「視覚」 「聴覚」 「嗅覚」 「触覚」 「味覚」


中でも 安易にその能力に 頼るのは 「視覚」 である


「目」という 器官に入力される 「光」による情報を 

人は全てを判断し 個人の嗜好に合致するか否かを判断する


その「光」による情報から欠落した情報を 人はその脳内で「想像(妄想)」し

欠落した情報を その者の過去の経験や理想で 情報の根源となる対象を

創造し そのイメージを定着させる


次に 「耳」という 器官に入力される 「空気」の振動による情報を

自分が創造した 「音(声)」 イメージとの実際の情報との 減算処理が行われる

対象が 自分の創造との 差異を測定する


次に「鼻」という 器官に入力される 「粒子」による情報を

自分が創造した 「匂い(臭い)」 イメージと実際との 減算処理が行われる


次に 「皮膚」という 器官に入力される 「質」「熱」などの情報を

自分が創造した 「質感」「熱」 イメージと実際との 減算処理が行われる


そして「対象」によっては その対象を 「口(くち)」という 器官に入力される

「味」という情報を

自分が創造した 「味覚」 イメージと実際との 減算処理が行われる


そういった 一連の処理が行われる中で

各々が持つ 合格点という ボーダーラインを 下回った時点で

その「対象」が自分の嗜好の範囲外であると判断し

それ以上の 情報収集をやめてしまう


ときには 「視覚」のみの時点で

最後の感覚をクリアしたとしても

各々の「想像(妄想)」による イメージが強く

実際と違う場合には 嗜好の範囲外として処理される


どうして 真実を知りたがるのに

真実から逃避し 「想像(妄想)」に 頼るのだろう

もっと 現実を 受け入れ

現実からの 減点処理を 行わないんだろうか

各々の 「想像(妄想)」から 減点を 行っても

そのものの 真実は 真実ではなくなっていることに

なぜ 気が付かないんだろう


各々の 「想像(妄想)」が 真実と錯覚し

事実のみで 万事を思考するのではなく

真実で 万事を思考できないものだろうか


人(物)の数だけ 事実は存在するが

真実は 一つだけであることに 気が付いている人はどれだけ存在するのだろうか


万物全て その存在に 意味と意義があり

意味と意義があるから そこに存在している


自由という 不自由を考えてみよう

不自由の中に 自由を見つけてみよう

自由を求めるあまり 自分で自由を制限してしまってないか


事実の中から 真実を見つけてみよう


万物を 自分と同じにしようとしていないか

もっと五感を研ぎ澄ませれば理解できるはず

全ては 自分と違うということを

自分と違うということを 受け入れてみよう

受け入れることで 違う景色が見ることができるから


自分と同じ種は 同時・同点で存在しかつ存在しないということはありえない


存在する事ばかりに気をとられて 存在しないことを 見落としてはいないか


存在することから始めて 存在しない事を知ったとき

落胆という 感情を味わうが

存在しないことから始めて 存在する事を知ったとき

充実という 感情を味わうことができないか