父はみ子によって天のすべての住民をお造りになった。「万物は、・・・・位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである」。天使たちは、神に仕える者で、神のみ前から流れ出る光で輝き、みこころを果たすためにすみやかに飛ぶことのできる翼が与えられているのである。しかし、神の受膏者、「神の本質の真の姿」、「神の栄光の輝き」であられるみ子は、「その力ある言葉をもって万物を保っておられ」て、それらすべてを支配しておられる。「初めから高くあげられた栄えあるみ座」は、彼の聖所のあるところであり、公平のつえ」が彼の王国のつえであった。「誉と、威厳とはそのみ前にあり、力と、うるわしさとはその聖所にある」、「いつくしみと、まことはあなたの前に行きます」。
父はみ子によって天のすべての住民をお造りになった。「万物は、・・・・位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである」。天使たちは、神に仕える者で、神のみ前から流れ出る光で輝き、みこころを果たすためにすみやかに飛ぶことのできる翼が与えられているのである。しかし、神の受膏者、「神の本質の真の姿」、「神の栄光の輝き」であられるみ子は、「その力ある言葉をもって万物を保っておられ」て、それらすべてを支配しておられる。「初めから高くあげられた栄えあるみ座」は、彼の聖所のあるところであり、公平のつえ」が彼の王国のつえであった。「誉と、威厳とはそのみ前にあり、力と、うるわしさとはその聖所にある」、「いつくしみと、まことはあなたの前に行きます」。
宇宙の統治者は、その恵み深いお働きをひとりではなさらなかった。彼には助け手があった。すなわち、彼の目的を理解し、幸福を与えることを、共に喜び合える共労者であった。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった」。言であり、神のひとり子であったキリストは、永遠の父と一つ、すなわち、その性質、品性、目的が一つであって、神のあらゆる計画と目的に参加できる唯一のおかたであった。「その名は、『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』ととなえられる」。「その出るのは昔から、いにしえの日からである」。また、神のみ子は、ご自身について、こう言明された。「主がそのわざをなし始められるとき、そのわざの初めとして、わたしを造られた。いにしえ、地のなかった時、初めに、わたしは立てられた。・・・・また地の基を定められたとき、わたしは、そのかたわらにあって、名匠となり、日々に喜び、常にその前に楽し」んだ。


