本。今まで

なかなか処分できなかったんですよね。


入院・手術・退院によって、

考え方が変化した面があります。


それが本にも波及して

ようやく整理・処分する気になりました。



もう読むことはなさそうだけれど、

でも本棚に置いておきたい。

そんな本だらけで、スペースを占領しています。


そのあたりを整理しよう、と。


フリマサイトに出すことも考えましたが、

その数と手間を考え、今回は

自宅回収してくれる古本屋さんにお願いしまして、

本日夕方回収になります。


今までは面倒だと、

廃品回収に出していましたが、

今回は、もしかしたら読む人がいるかもしれないと思い、

また、少しのお小遣いになるかもとの思いもあって

回収を依頼しました。





片付け始めてみたら、


意外と大変!





最初のうちは、

「これはやっぱり取っておきたいな」

というものばかりで

作業がなかなか進みませんでした。


今も、まだ途中です。


依頼したのはダンボール5箱。

それくらいはすぐ出ると思ったのですが、

まだ3箱詰めただけです。


エイッといければ、

あと2箱は簡単につくれるのに、

それが進まないなんて。



片付けてスッキリしたい気持ちと、

残して安心したい気持ちのせめぎ合い。



回収当日に箱詰めしている理由は、

簡単にできる、

と思っていたから。


ただ本棚から出して

箱に入れるだけ。


そう思っていたんです。



それが、こんなにスローペースでの作業になるとは。






本の整理については、


「動けるようになったらやろう」


と、病院のベッドの上で決めました。




本当に必要なもの、大切なものと暮らす。

そんな生活に

シフトしていくきっかけになるかも、

と、

まずは本の整理を始めたんですが、

物の処分に慣れてから取り組めば良かった、

というのが今の正直なところです。



回収業者さんがくるので

タイムリミットがあります。


今は休憩中。


気持ちを切り替えて、

残り2箱分、

本の整理に取り組みます。






順調に回復中です。


本日、職場復帰しました。



腹腔鏡手術で、

1年くらい前に子宮全摘した知人から、

「手術も術後も結構大変だった」

と聞いていたので、

仕事に戻るまでには、もう少し時間がかかると思っていました。


復帰予定日は一応今日にしておいたのですが、

状況次第では遅らせることも可能でした。




ここ2日ほどの過ごし方で、

仕事行けるな、

と判断したので予定通り出勤。

(職種は事務です)







「もう大丈夫なんですか?」


「無理しないでくださいね」


という中で、

特に気になることもなく

普通に8時間働いてきました。


ただ、お腹に何かぶつからないように、

そこは注意して動きましたが。


また、通常であれば階段を使う場面で、

エレベーターを利用したりはしましたが。




通勤については、

電車利用が3日目なのと、

土曜日で通勤ラッシュがなかったため、

問題ありませんでした。


平日は。

ちょっと心の準備が必要かも。





さて、この度の、

子宮筋腫が大きかったことによる

「手術どうするか?」

問題にあたり、

仕事については色々ありました。

(いずれ書こうと思います)



何が大切かを考えた時に

私は、

自分の体のことを取りました。


そこを決めたので、

急展開での手術決定にもつながりましたし、

焦らずに手術後を過ごすこともできました。


そして、今に至ります。




正規雇用ではないことも

関係しているとは思いますが、


結果として、

「これしかなかった」

という選択になりました。






今回の、

子宮筋腫発覚・入院・手術によって

様々なことを考える時間がもてました。


手術を決めるまでの出来事、

入院中の出来事、

退院後の出来事、

すべてが

私にとって大きな意味があります。




仕事の取り組み方や

「仕事」への考え方も変わりました。



焦らず、無理なく

さらなる回復を待ちながら、

私にできることをしていきます。





2つあります。


退院した日とその翌日あたり、

欲しいと感じた物が。




ひとつ目は、リクライニングベッド。


随分前に、ベッドから布団に変えてからは

私はずっと布団派でした。


自宅に戻るまで、

ベッドよりも低い所に寝ることの意味を

わかっていませんでした。


いや、一応

考えはしたんです。


病院では、起き上がるときには

ボタンで背中を起こして

ベッドに助けてもらっていたので。


リクライニング付きじゃなくても

せめてベッドは必要じゃない?


退院前日に気づいて、

通販サイトを見たりしていましたが、

帰った時の状態で決めようと思い、

購入ボタンは押さずにいました。



それで、退院した日、

横になろうと思った時に

「これはマズイ」

と思いました。


寝るのは寝られる。

でも、

起き上がることはできる?



結局、周辺にあったものを支えとして使ったり、

順番に体を起こしていけるように

低めの台を近くに置いたりして

なんとかなりました。


つかめるもの、グッと力を入れて

腕の力を利用できるものが役立ちました。


それでも、ゆっくりゆっくり

時間をかけて起き上がることしかできませんでした。



ただ、起き上がりが大変だったのは

2日ほどで、

その後は慣れもあり

上手に起きられるようになりました。


結果として、私の場合は

2日間のためだけに

ベッドを購入しなくて良かったです。


もしもこの状態が長期になるのであれば、

リクライニングベッドは必要だったように思います。







2つ目は、マジックハンド、と呼ばれる物。


手で届かない所のものを

つかんで取るためのもの。


何のために欲しかったのかというと、

犬と遊ぶ時に

犬が持ってくるおもちゃなどを

かがんで取ることが難しいと思ったためです。


足下に持ってきた物を、

私は立ったまま

そのマジックハンドで取って、

また投げる。


ということが、やりやすいのではないかな、と。



妹にそう話したら、


「その程度なら、トングでいいじゃん」


と言われ、

ちょっと長めの

そんなような物が家にあるので、

それを使おうとなりました。


それで、こちらも購入には至りませんでした。


実際には、

体を上手に使えば、

道具なしで犬のおもちゃを拾えたので、

トングの出番はありませんでした。






退院直後に欲しかった物は、

その2つでした。









今日から痛み止めがなくなりました。

もしかしたら、すでになくても良かったのかもしれませんが、

最初に処方された分については

そのまま飲んでいました。


痛みがあった時に飲む用として

追加分も処方はされていますので、

必要があれば飲むつもりです。


昨日の夕食後以降、

痛み止めはなしですが、

今のところ特に問題なさそうです。



抗生物質が本日まで。


あとは貧血症状があったことによる

鉄剤がもうしばらく続きます。






本日も電車を使って外出しました。

昨日よりも楽に動けたと思います。


そして、今日のランチの時

今まであまり感じたことのなかった感覚になりました。


それは、お料理をつくってくれた人への

感謝の気持ち。


こんなに美味しいものを提供してくれる。

見た目でも楽しませてくれる。

そして、それを味わい頂くことができる。


今までは、


美味しい〜


というのはあっても、

こんなに美味しいものを提供してもらえて

食べることができて

ありがとう〜


になることは、

ほとんどなかったように思うのです。



入院中、

病院食(一般的なもの)を食べていたときも、

作ってくださる方々への気持ちがありました。


お掃除をしてくださる方々へも

ありがたい気持ちでいっぱいでした。




入院前も、

感謝する時間を持ったりしていたつもりでしたが、

今回の入院によって

それがちょっと変化したのかもしれません。


ほんの些細なことでも

ありがたいことがたくさんある。


気づくことが増えてきているようです。






駅って

こんなに階段多かったのか、

今さらですが気づきました。


エスカレーターやエレベーターがある所では、

今日は積極的に利用しました。


ない所は、

手すりのある側を上り降りしました。

いつでもすぐにつかめるようにして。


手すりがない階段では、

転ばないように注意して歩きました。



今までほとんど気にならなかった、

手すりの存在。

ありがたいものでした。




帰宅して歩数計を見たら、

6851歩。


久しぶりに歩数計アプリを開いたけれど、

前はいつもチェックしてたな、

と思い出しました。




電車は座れまして、

特に体への負担は感じなかったです。

通勤ラッシュ時ではないこともありますが。


ただ、乗り降りの際などは、

お腹をバッグで保護し、

誰かとぶつからないように注意しながら動きました。




約5時間の外出を終えてみて、

だんだん元通りになっていく実感がわきました。


先週の今頃は、

病院内をヨロヨロと歩いていたのに、

1週間でこんなに歩けるようになるとは。


体に感謝です。




子宮はなくなったけれど、

新しい何かを

得ているようにも感じます。