最後は、やはり
祇園祭(869年)八坂神社(全身は祇園社)
圧倒的な歴史を持つ。
869年のわずか50年程前に空海やら最澄やらの時代です。信仰の対象となる人物がいた時代とほぼ変わらぬ時に始まっている。
『今からおよそ1100年前の清和天皇の貞観11年(869)に、京洛に疫病が流行し、庶民の間に病人、死人が多数出た。 これは、牛頭天王(ごずてんのう、素盞鳴命ともいわれている。)のたたりであるとし、そのご機嫌をとるため神をまつり、祇園社(八坂神社の前身で、祭神は素盞鳴命)を信仰し、病魔退散を祈願したという。
日本全国の国の数に準じて66本の鉾をつくらせ、それを神泉苑(中京区御池通大宮)におくり、悪疫を封じ込む御霊会をおこなったのがはじまりであると伝えられている」(京都市観光協会HP抜粋)
その後、戦乱の世も終わりを告げる。
町衆文化が花開く時代と共に、外国から珍しい織物などが輸入されて、
その姿はより一層、華やかになっていったと思われる。
前祭23基、後祭10基、全33基の山鉾は其々に美しく、豪華絢爛。
文化財クラスの懸装品に溜息、、、。まさに
動く美術館。
今年も、鉾のお囃子の方に声をかけて頂き、後祭の宵山に行ってまいりました。
今年の京都は、荒れ模様で
行くまで心配…。予報アプリでは、常時、雷雨。(名古屋は雨、、)
着いてみたら有難い事に
厚い雲は日差しを遮り
たまに落ちる霧の様な雨は
風を呼び、覚悟した程の暑さではなかったです。
例年の如く、
祇園祭のプロと友人と、そぞろ歩く宵山。
去年は、全山鉾を廻り大変興味深いお話を聞かせて頂きました。
今年は、
「ゆっくりと街の雰囲気を楽しみましょう」と。
前祭は、観光客も多く賑やかしい印象。
後祭は、街の方が多くしっとりとした印象。
行った先で、思いついては飲んでは食べて。
鉾にあげてもらって、お囃子聞いて。
ためになるお話に
「えーー!すごい、そうなんですか!」
「はい、これ3回目ね」
「アレ、、」てへぺろです笑。
タイミングよく、
大船鉾さんのお囃子も聞けて、
何だか、地元のお祭りににいる様な
そんな感覚でした。
何処も男衆は、皆
子供に戻った様に楽しそう。
街の歴史と伝統に向き合い
関わる自分を誇りに思える。
こんなに素敵な生き方があるでしょうか。
自分の街を、お祭りを
誇らしげに語る男衆を
ニコニコしながら支える女の人たちがいる
「毎年、看袢姿に、惚れ直すのよねぇ」
と、亀崎の女将さん。
きっと、そうだと思います。
「暑いでしょう、男の人は待たしたらいい、涼んで行って下さい」
と、黒主山では冷たいお茶を出して頂きました。
「毎年長いから大変です」
と、仰しゃいながらやはり、、楽しそう。
これほどの規模じゃなくても
街を愛おしく思う、人を愛おしく思う瞬間が
何処にもあったんじゃないかと思います。
街を大事に思うからこそ、穢さない様に気を配る。
祭り事って、祝議、不祝議に関わらず
人を成長させる機会だと思います。
日も暮れはじめ、
場所を祇園に移して、のんびりと。
今年も、来れた事に感謝です。
うう。。、やっぱり
帰りたくない~。
玄関に『蘇民将来子孫也』
1年、御守り下さいませ。







