翡翠に似た色のアクセサリーを身につけたその人に


“それは翡翠?”と聞いた。


“そんな高いもの買えません。これは樹脂ですよ。”


寺山修司のヒスイという詩のようなやりとりだ。


“ヒスイっていう歌があって、それを連想しました。”



するとその人は


その歌のサビのパッセージを、ごく自然に歌った。


よく通るテノールだ。


バーの個室の暗い壁に、その声が心地よく反響した。




つい一瞬前までは、グラス片手に、

アプリコットと洋梨のアロマが〜〜と言いながら

ウイスキーを飲んでいたのに。


わたしは目を丸くした。


“え、どうして?”


寺山修司が大好きで、

若い頃に彼の詩をほとんど暗記したと言った。

そういうことが、ごく当たり前であるかのように。

そして、いっとき歌をやっていたとも言った。


目をぱちくりさせていると、

続けて、その歌の中で繰り返されるフレーズを

歌った。


他者からの賛辞など眼中に無い、

さらっとやって普通以上にできてしまう人の態度で。


その後は何事もなかったように


照明をギリギリまで落とした個室のソファで


雑談をしたり、思いおもいのタイミングで


スマートフォンをいじったりした。


ふいに、『自由』ってなんだろうね、

という話になった。


たくさんのことは話さなかった。


僕が持っている自由をあなたは持っていないし


あなたが持っている自由を僕は持っていない


その人が言っていたこのフレーズが、

とても印象的で、頭にこびりついた。