彼は会議に、私は駅に向かう途中、
手をつないで歩いた。
本当は今日みるはずだった
法隆寺の映画の内容や、
密教建築の教授から彼のお父さんが
千ページの本をもらった話などをした。
「神社仏閣が好きじゃないと、改修のドキュメンタリーは眠いだけかもしれませんね」と言うと、彼はまた予想外に少しムキになって
「僕も嫌いじゃないし、むしろ興味ありますよ。だから今日の映画は楽しみにしてたんだけど。」
と言い、“東大の建築学の教授が、法隆寺の建築法の謎の議論に終止符を打ったんですよ”などと色々なウンチク話をし始めた。
ちょうど、梅原猛の『隠された十字架』を読んだところだったので、その話を少しする。
彼はそういうマニアックな話を私がふっても
本当に博識で、なんでも話を返してくる。
(有名な本だし、今回の法隆寺の映画に向けて実は彼も読んでいたのかもしれないが)
別れなければならない横断歩道にさしかかった。実は私は寺社仏閣巡りが好きで、
家族旅行で奈良に行った時に
興福寺の修復に使う瓦に寄進したりした。
それらが百年は残ること、
一般人も参加できる大規模公共工事を考えついた昔の人はすごいと思ったことなど
まだ色んなことを話したかったのだけれど
途中で話をやめた。
もう別れなければいけないのだから
そんな話をダラダラすることに
たぶん意味は無い。
ここの所、雪が降ったりして寒かったのに、今日は急に春めいた陽気だった。
「秋に出会って、もう春になっちゃいましたね」と言うと、
彼はしみじみした口調で「そうですねぇ」と返事をした。
私は、
“秋に出会ったばかりでまだ3ヶ月しか経っていないのに、どうしてこんなに気持ちが入っているのだろう?”ということが言いたかったのだけれど、うまく伝わっていないだろうな、と思った。
でもそれでよかった。
説明することもしなかった。
どうせ別れるのだから、
そんな事を伝えたとしても
特に意味は無いだろう。