記憶に残るダメなセックスの話(13)
洗面台で最低限髪の毛をまとめた。
「髪の毛落とすと悪いので、駅のトイレで直しますね。」
「うん。大丈夫?道具持ってるんだよね?」
「はい。ところで今って何時ですか?」
「2時30分だよ」
「 え!? 時間管理が完璧ですね!!」
家に入る前に設定した、彼の家を
出なければいけない時間ぴったりだったので、
思わず声をあげて笑ってしまった。
「僕こういうの得意なんです。次の予定があるって言ってたから、迷惑かかっちゃいけないと思って。」
「それにしてもすごいですね!」
コートを受け取り、それを羽織った状態で、
最後の挨拶としてセーターを着ている彼に
抱きつこうとしたが、お化粧が気になったのか、
セーターに顔を埋めないようにやんわり制止された。さっきの行為前にはだいぶ生々しいことをしてきたのに、セーターにお化粧が付くのを察して
避けようとするのが、ソツのない彼らしくもあった。
「じゃあ私行きますね。また!... あ、またっていうか… とりあえず、帰ります!」
身を翻して、タタタ…と早足で玄関に向かった。
「お邪魔しました。」
玄関から出て、ドアを閉める時にはなぜか“失礼します!”という言葉が口から出て、思わず彼を見た。
目線を合わせて会釈し、エレベーターホールへ向かった。
駅のトイレの鏡で自分の姿を見た。気怠く、髪も乱れている。淡い色のダッフルコートの1番上のボタンが外れてデコルテが露わになっているので、
遊女のようだった。
鏡を見ながら簡単に髪を整える。
次の約束にはギリギリで間に合った。
正確には、道を間違えたために5分ほど遅れたが、
それさえなければ間に合っていた。
その後、大型書店に行って本をたくさん買い込んだ。
気のせいか、そういう真面目な空間が似合う
学者風の年輩男性が数人
すれ違いざまに私を凝視していく気がした。
妙に見られる気がするけど、何かついてるのかな?と思い、フロアを移動する際に乗った
エスカレーター脇の大きな鏡に映る自分を見た。
その姿から凄味のある色気が出ているように見えた。
凄味なのか、開き直りなのか。
“なんで今日はあんな事しちゃったんだろう...”
本来の自分は、こういう静謐な雰囲気ただよう
大きな書店で静かに本を選んでいるような人間なのに
こんな異様な色気のようなものを発散しながら
この場所にいるなんて、自分で自分が信じられないし
すごく恥ずかしくなった。
しかも、彼との関係はドライなもののはずが
今回はけっきょく自分から求めて
あんなに感じまくってしまった。。
その事が、彼と離れて冷静になって考えると
どうしても理解できなかった。
毎回、会ってもサクッと別れて、
無かった事にする自己暗示をかけてきた。
なのに、最近はセックスが気持ち良すぎて
別れた後も彼の爪痕が
色んな意味で私に残って
私の身体や時間や生活を侵食するようになるのが
こわくなった。