今までは、私自身を癒すためにだけに費やしてきた人生だったかもしれない。
 
 
 
人々から度々、癒し系キャラだと言われてきたのは、
もしかすると、そのためだったのか?
 
 
深く刻まれた傷が、これ以上えぐられないように、
染みる痛みが和らぐようにと、涙ながらにかばい、舐め続けていただけだったかもしれない。
 
 
 
 
もう大丈夫、
きっと、私自身の傷は、このままでも、
放っておいて大丈夫。
 
 
 
 
 
私の人生を何か、
他の事のために、外に向かって、
何かを成し遂げるために
捧げることができるようになったかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宗教とは
 
 
生まれ落ちた土地ところの
文化や価値観、自然環境の中で
 
 
その時代をより生きやすく
周りと調和しながら少しでも長生きできる方法を
 
教えてくれる
 
ものなのではないでしょうか?
 
 
 
時にそれは強制的なほどに
 
 
 
与えてくれる一つの愛の形
であることには違いないと思います。
 
 
 
宗教の、従わなくてはならないしきたりを取り除くと
そこには芯が、神からのメッセージが
 
 
あるのでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
悪用されない生き方
 
 
 
 
心次第