第10話 :: 「こりゃダメだ」
じつは歯科医になった友人が週一回勤務する歯科医院には一度だけ世話になったことがあった。しかも、今、一番問題にしている歯のことで。そのときも腫れて一晩中寝られない程の痛みに苦しんだ。そのときにレントゲン撮影をしてある。現状との比較もできるから、さらに客観的な判断ができる。
そう思いつつ、歯科医院の入口をあけスリッパをはく。その日は休日診察ということで、いつもより予約もかなり減らしているらしい。受付で保険証を渡すと、数分後で診察室へ。自分の歯のことはもちろん気になるが、反面、久々に再会する友人の歯科医姿は楽しみであった。
歯科衛生士さんに導かれ診察台へ。そこへおもむろに友人が来た。いかに患者とはいえ、一緒に酒を飲んだり遊んだりした仲である。だからこそだろうか。もともと口数は少ないほうだったが、彼の表情には緊張とは違う、どこか患者と医師というスタンスをどうとろうかといった様子がうかがえた。とはいっても、それは医療の現場。
「具合の悪いはどこかな?」
「左下の一番奥」
診察用の鏡とピンセットで問題の歯の部分をチェックしはじめたと思ったその途端、開口一番、
「う~ん」
と友人のため息。「やっぱりそうなのか」とこちらも半ば諦めの気分でいたが、
「骨の状態を確認したいので、レントゲンを撮ってもいいかな?」
というので、そんなもの、こちらはもちろんオーケーということで、問題の歯のところだけ撮影。程なくしてフィルムができ、再びピンセットで歯をゆする友人。
「こりゃダメだ」
ああ、「無情」ではない「無常」の宣告である。人間、いつかは死ぬ。そしてその前に「病」は避けて通れない。これまでいたって健康だと思っていた自分自身。それはとんでもない油断だった。まだ諦められなかったものの、二度目の抜歯宣告。原因は虫歯ではなく、歯周病である。三十代で「まさか!」と思った現実を、徐々に受け入れなければならない時がやってきたのだ。
「このレントゲン写真を見てほしいけど、これは前にここで撮った写真。歯のまわりにボヤッと白く写ってるのが歯を支える歯槽骨。このときの状態は手術とかすればまだまだ救える状態だけど、今の写真のほうは、歯のまわりで支えてた歯槽骨が破壊されてなくなってる。もう残しようがないし、隣の歯に悪い影響を与えないためにも抜いたほうがいいねえ。」
「やっぱりそうなのか。じゃあ抜くしかないか。でも、今日は気持ちが整理できてないんで、考えさせてほしい」
「心配しなくても、もうちょっと炎症がひいてからでないと、抜いたときに強い痛みを感じたりすることがあるんで。とりあえず、今日は炎症を止める薬と抗生物質を出しておくし、抜く覚悟ができたら予約入れておいて」
そんな患者と医師とのやりとりをした後、友人は歯のクリーニング(スケーリングのみ)を歯石の見られる部分に施し、
「終わりです」
と言った。こちらも歯科医師としての友人に敬意を表し、
「ありがとうございました」
と告げた。
よろず相談でもなければ占いでもない。良かれ悪しかれ「科学性」をもって客観的な判断をモットーとする歯科医学で世界である。友人は、歯科医師として、きわめて冷静な診断を下した。
その後は受付で渡された処方箋を手にし、薬局へ。「抜歯ですか? 以前にもこちらでお渡しした薬と同じものですんで……」と錠剤をお金を引き替える。おいおい、一番気になる「抜歯」という言葉を、気安く発するな~と薬剤師に心の中で叫びつつ、帰路につく。
ああ、もうしょうがないかなあ、と諦めモードになっていたが、抜く・抜かないは別としても、今後の治療のことも気になる。診察室での友人との会話だけでは不十分だ。そう思ったら、口よりも手が先に出た。まだ診察をしているであろう友人の携帯電話に、診察が終わったら、久々にお茶をしないかと伝言。その後、診察を終えた友人から小一時間ならという返事があり、家まで車で行くから少し待っていて、と彼は言った。
(第11話につづく)
そう思いつつ、歯科医院の入口をあけスリッパをはく。その日は休日診察ということで、いつもより予約もかなり減らしているらしい。受付で保険証を渡すと、数分後で診察室へ。自分の歯のことはもちろん気になるが、反面、久々に再会する友人の歯科医姿は楽しみであった。
歯科衛生士さんに導かれ診察台へ。そこへおもむろに友人が来た。いかに患者とはいえ、一緒に酒を飲んだり遊んだりした仲である。だからこそだろうか。もともと口数は少ないほうだったが、彼の表情には緊張とは違う、どこか患者と医師というスタンスをどうとろうかといった様子がうかがえた。とはいっても、それは医療の現場。
「具合の悪いはどこかな?」
「左下の一番奥」
診察用の鏡とピンセットで問題の歯の部分をチェックしはじめたと思ったその途端、開口一番、
「う~ん」
と友人のため息。「やっぱりそうなのか」とこちらも半ば諦めの気分でいたが、
「骨の状態を確認したいので、レントゲンを撮ってもいいかな?」
というので、そんなもの、こちらはもちろんオーケーということで、問題の歯のところだけ撮影。程なくしてフィルムができ、再びピンセットで歯をゆする友人。
「こりゃダメだ」
ああ、「無情」ではない「無常」の宣告である。人間、いつかは死ぬ。そしてその前に「病」は避けて通れない。これまでいたって健康だと思っていた自分自身。それはとんでもない油断だった。まだ諦められなかったものの、二度目の抜歯宣告。原因は虫歯ではなく、歯周病である。三十代で「まさか!」と思った現実を、徐々に受け入れなければならない時がやってきたのだ。
「このレントゲン写真を見てほしいけど、これは前にここで撮った写真。歯のまわりにボヤッと白く写ってるのが歯を支える歯槽骨。このときの状態は手術とかすればまだまだ救える状態だけど、今の写真のほうは、歯のまわりで支えてた歯槽骨が破壊されてなくなってる。もう残しようがないし、隣の歯に悪い影響を与えないためにも抜いたほうがいいねえ。」
「やっぱりそうなのか。じゃあ抜くしかないか。でも、今日は気持ちが整理できてないんで、考えさせてほしい」
「心配しなくても、もうちょっと炎症がひいてからでないと、抜いたときに強い痛みを感じたりすることがあるんで。とりあえず、今日は炎症を止める薬と抗生物質を出しておくし、抜く覚悟ができたら予約入れておいて」
そんな患者と医師とのやりとりをした後、友人は歯のクリーニング(スケーリングのみ)を歯石の見られる部分に施し、
「終わりです」
と言った。こちらも歯科医師としての友人に敬意を表し、
「ありがとうございました」
と告げた。
よろず相談でもなければ占いでもない。良かれ悪しかれ「科学性」をもって客観的な判断をモットーとする歯科医学で世界である。友人は、歯科医師として、きわめて冷静な診断を下した。
その後は受付で渡された処方箋を手にし、薬局へ。「抜歯ですか? 以前にもこちらでお渡しした薬と同じものですんで……」と錠剤をお金を引き替える。おいおい、一番気になる「抜歯」という言葉を、気安く発するな~と薬剤師に心の中で叫びつつ、帰路につく。
ああ、もうしょうがないかなあ、と諦めモードになっていたが、抜く・抜かないは別としても、今後の治療のことも気になる。診察室での友人との会話だけでは不十分だ。そう思ったら、口よりも手が先に出た。まだ診察をしているであろう友人の携帯電話に、診察が終わったら、久々にお茶をしないかと伝言。その後、診察を終えた友人から小一時間ならという返事があり、家まで車で行くから少し待っていて、と彼は言った。
(第11話につづく)