●歯周病生活記 :: 第2話 :: 「インフォームドコンセント」
思い起こすまでもなく、くだんの歯科医院はいつも「暇な」ところだった。受付には唯一のスタッフである助手を兼ねた女性が一人。待合室はきれいだが、雑誌類はいずれも最新号から3・4号古く、しかも年輩の方むけばかり。学会員等の認定証はいっさい掲げられていないのに、どういうわけか、インフォームドコンセントをPRするポスターだけはやけに目につく。
そういえば、この歯科医師流のインフォームドコンセントがあった。施術をはじめる前に、必ず二つの方法を説明して、そのうちの一つを患者に選ばせるという方法だ。
インフォームドコンセントの重要性についてはよく語られるようになって久しいが、その意味を再確認するうえで参考になる京都大学教授カール・ベッカー氏の講演録をネットサーフィンで発見。詳細はそちらのページを読んでいただくとして、端的に言えば「医師側の情報公開と患者側の自己決定」ということになろう。
ちなみに医師は医療行為のプロだから情報公開ができて当たり前。問題なのは、患者が自己決定をするためにはそれなりに知識を蓄えたり、情報のアンテナを張りめぐらせられるかどうかである。患者側が望む治療ができない(歯科)医師なら即転院も可能だ。でも、どこでも治療可能な治療で二者択一となれば、懐具合を気にしたり問題の部分の症状が軽かったりすると、つい早く済んだり安くつく方を選択してしまいがちである。
じつは歯周病治療とは関係ない歯のトラブルで、この歯科医院で以前にも「やんわり」二者択一を迫られたことがあった。鶏の軟骨をバリバリ食べていたとき、ごく一部分だが右上の奥歯が欠けたことが原因で足を運んだ。そのときの診断結果はこうだった。
「ああ、詰め物がとれてますねェ。う~ん、では、二つの処置方法があります。部分的に取れたところへ詰め物(セメント)を充填するか、あるいは、詰め物を全体的に治すかです。一つ目なら一回で済みますし、二つ目でも二回で終わりますけど、どっちにしますか?」
いや~、こう言われると、自分では歯そのものが欠けているのを自覚しているのに、「簡単に治るんだ~」と油断し、おまけに一つ目を選んでしまうのが愚かなところである。本当の意味でのインフォームドコンセントかどうかは別として、「患者の自己決定」という点においては、患者に二者択一させるという方法はわかりやすい。ある意味、後でちょっとしたトラブルが発生しても、医師と患者で責任を分散できる。
治療はあっという間に終了したが、気になったのは帰り際の一言、
「また詰め物がとれたら来てください」
だ。やけに愛想のいい微笑みを浮かべていただけに、余計にそのときのシーンが脳裏に焼き付いている。この言葉、歯を失うまでにはいたっていないが、後で尾を引く結果となる。真相については、これから続く治療記のなかで明らかにしたい。
脱線した話を元に戻すことにしよう。問題のぐらついた歯とその周辺の歯茎、じつは以前から、自分自身のなかでかなり心配していたのである。腫れや激痛は、これがはじめてではなかった……。
(第3話につづく)
そういえば、この歯科医師流のインフォームドコンセントがあった。施術をはじめる前に、必ず二つの方法を説明して、そのうちの一つを患者に選ばせるという方法だ。
インフォームドコンセントの重要性についてはよく語られるようになって久しいが、その意味を再確認するうえで参考になる京都大学教授カール・ベッカー氏の講演録をネットサーフィンで発見。詳細はそちらのページを読んでいただくとして、端的に言えば「医師側の情報公開と患者側の自己決定」ということになろう。
ちなみに医師は医療行為のプロだから情報公開ができて当たり前。問題なのは、患者が自己決定をするためにはそれなりに知識を蓄えたり、情報のアンテナを張りめぐらせられるかどうかである。患者側が望む治療ができない(歯科)医師なら即転院も可能だ。でも、どこでも治療可能な治療で二者択一となれば、懐具合を気にしたり問題の部分の症状が軽かったりすると、つい早く済んだり安くつく方を選択してしまいがちである。
じつは歯周病治療とは関係ない歯のトラブルで、この歯科医院で以前にも「やんわり」二者択一を迫られたことがあった。鶏の軟骨をバリバリ食べていたとき、ごく一部分だが右上の奥歯が欠けたことが原因で足を運んだ。そのときの診断結果はこうだった。
「ああ、詰め物がとれてますねェ。う~ん、では、二つの処置方法があります。部分的に取れたところへ詰め物(セメント)を充填するか、あるいは、詰め物を全体的に治すかです。一つ目なら一回で済みますし、二つ目でも二回で終わりますけど、どっちにしますか?」
いや~、こう言われると、自分では歯そのものが欠けているのを自覚しているのに、「簡単に治るんだ~」と油断し、おまけに一つ目を選んでしまうのが愚かなところである。本当の意味でのインフォームドコンセントかどうかは別として、「患者の自己決定」という点においては、患者に二者択一させるという方法はわかりやすい。ある意味、後でちょっとしたトラブルが発生しても、医師と患者で責任を分散できる。
治療はあっという間に終了したが、気になったのは帰り際の一言、
「また詰め物がとれたら来てください」
だ。やけに愛想のいい微笑みを浮かべていただけに、余計にそのときのシーンが脳裏に焼き付いている。この言葉、歯を失うまでにはいたっていないが、後で尾を引く結果となる。真相については、これから続く治療記のなかで明らかにしたい。
脱線した話を元に戻すことにしよう。問題のぐらついた歯とその周辺の歯茎、じつは以前から、自分自身のなかでかなり心配していたのである。腫れや激痛は、これがはじめてではなかった……。
(第3話につづく)