今日は「自分自身に無条件では自信が持てない」「他人の評価や目を気にしてしまう」「人に嫌われるのが怖い」といったことの向き合い方について話そうと思います。
今回の話を一言でいうと、自信が持てない、人に嫌われるのが怖い、これらを克服するカギは「自己受容と他己受容」です。
なぜ自分に自信を持てないことが問題なのか
そもそもなぜ「自分自身に無条件では自信が持てない」「他人の評価や目を気にしてしまう」「人に嫌われるのが怖い」のが問題かというと、
嫌われたくないという心理が働きすぎることで、変に気をつかいすぎたり空回りして、物事が良くない方向へ行くことが多々あるためです。
それによって「あ~なんであのときあんなことしちゃったんだろう...」と自責の念にかられたりしてしまうわけです。
そんなスパイラルの中では、楽しいとか、うれしいとか、幸せといった感情を享受する機会も減ってしまいます。
波動とか引き寄せの法則にもつながることですね。
また、何かやりたいと思って一時的にやる気が起きても、他者からの評価が思うように得られないとやる気がなくなり、それをやめてしまい、いつしか自分がやりたかったことさえわからなくなっていったりもします。
それによって、だんだん何かやりたいと思っても、他者から評価されなかったらどうしよう、他者から心無い言葉を投げられたらどうしようとなり、挑戦することも怖くなっていくという悪循環も起きてしまいます。
あとはありのままの自分でいられる場所が少なすぎて、単純に生きづらいというのもあります。
これらは一例ですが、このように「自分自身に無条件では自信が持てない」「他人の評価や目を気にしてしまう」「人に嫌われるのが怖い」という問題があることで、さまざまなデメリットがあるわけです。
こういった問題を抱える至った経緯については、人それぞれあると思います。
しかし大切なのはこれからどうしていくかなので、そこについては今回触れません。
ただ頭では分かっていても、どうしても心の方が反応してしまい、簡単に克服できる問題ではないのも事実です。
自己受容、他己受容とは何か
そこで大切な考え方が、自己受容と他己受容です。
少し言い方を変えると、「完璧ではない自分を許し、受け入れること。完璧ではない他人を許し、受け入れること。」です。
この「自己受容と他己受容」というのは、おそらく自分自身も、すべての人も、最終的に人生をかけて取り組んでいく課題であると考えています。
もちろん許せないものを無理やり許せという話ではありません。
そしてこれは、あくまで自分の中で持っておく考えであり、人に強要するものではありません。
きっと向き合うのも許すのも、人それぞれのタイミングがあるためです。
それにこの考えを押し付けてしまうと、自分というものが暴走してしまったり(自己中心的がいきすぎたり)、受け入れてくれないことからまた怒りが生まれてしまう気がします。
なぜ自分を受け入れられないのか
話は戻りますが、そもそも自分を受け入れられないのは、自分が完璧(理想の状態)ではないからなわけです。
完璧ではない部分を見られたり、完璧ではない言動をすることで、人に非難されたり嫌われるかもしれない。
いやだ、嫌われたくない。傷つきたくない。だから自分を受け入れられない。認められない。
こんな風に考えてしまうわけです。
でもよく考えてみると...
けれども考えてみれば、地球上でおそらく完璧な人なんて一人もいないのです。
どんなに理想の人に見えても、きっとその人にはその人にしかわからない悩みや苦しみを抱えて生きている。
だとしたら、努力できるものは置いといて、どうしようもないものは受け入れるしかないのではないかと考えることができます。
何かミスしたり失敗しても、そんな自分を受け入れようと思うことができます。
人に何か言われても、「少しずつ改善していこう。完璧なんて無理だし」とダメージを最小限に抑えることができるわけです。
でもたとえ完璧な人間はいないとしても、結局他人が自分を受け入れてくれるとは限らない。受け入れられていない状況、嫌われている状況自体が自分にとっては苦痛なわけです。
問題はそこです。そこが解決しないことには、自己受容は難しいと思ってしまいます。
少し脱線しますが、「なぜ完璧な人間が存在しないか」といえば、それは我々人間が自己受容と他己受容を学ぶためなのではないのかと考えています。
自己受容のための他己受容
そしてここで大切なのが、他己受容。
他己受容の大切さを知ることで、これらの問題は解決でき、自己受容できるようになるのです。
まずは他己受容が人生をかけて取り組む課題なのだと思うことです。
そうすれば許せないと思うことでも、なぜ相手がそうするに至ったのか、そういう人間になるに至ったのかの背景を知ろう、理解しようと思えてきます。
そして最終的には「人は完璧じゃないもんな、こういったことを許すために生きてるんだもんな」と水に流してあげることができると考えています。
ただもし自分が被害にあえば、そのときは「それは嫌だ」とキッパリ伝えることは大切です。
他己受容を意識することで、他人からの評価も気にならなくなっていく
そして他人も自分と同じように他己受容の課題を持っている、そう思えば他人からの評価もまた違って見えてきます。
もちろんたとえば意図せず誰かを傷つけたりしたのなら、謝ることは大事です。
けれどもみんなが他己受容の課題を持っているとするならば、そこから先のその人が許してくれるか、受け入れてくれるかというのはその人の課題であるわけです。
許してくれるかな、嫌われてないかな、イライラしてないかな、そんなことをうじうじ考えても仕方がないわけです。
そのように考えていくと、「これは相手の課題だからな」と線を引けるようになります。
そうやって他己受容について意識していくことで、自分を受け入れられるようにもなっていくのです。
自己受容の先にあるもの
自己受容ができることで自己肯定感が上がります。
それによって楽しい、嬉しい、幸せといった感情を感じる機会が増えて、日々が幸せになっていきます。
そうすると自分に余裕ができ、それによって他人を傷つけたり攻撃することはまずなくなるし、むしろ人を幸せをすることだってできるようになります。
プラスの輪を広げていくことができるのです。
誹謗中傷なんてほとんどがストレス発散や、自分の不完全さに向き合えず逃げているだけです。
それにできなかったことができるようになってきたり、自身の成長にも繋がります。
理想の自分に近づくわけです。
自己受容の先には、いいことしかないのです。
さいごに
自分は完璧じゃない。完璧にはなれない。他人も完璧じゃない。
ただ自分や他人の不完全さを受け入れていく。必要があれば軌道修正していく。
それでいいのです。
それが結果、理想の自分に近づくことにもなるし、自分の幸せにも繋がるし、人の幸せにも繋がるのです。
「わたしはOK」だけでもダメだし、「あなたはOK」だけでもダメ。
「わたしもあなたもOK」。これが大事。
これが自分も人も幸せになれる、最強の考え方です。