タイ人と日本人のアジアンライフ -32ページ目

タイ人と日本人のアジアンライフ

中華系タイ人の夫、11才娘と日本で生活。一時住んでたタイが恋しい日々。2016年急性骨髄性白血病、発覚時余命二日の抗がん剤効かない予後不良から臍帯血移植を経て癌サバイバーに。

今、私は明るいニュースがなかなか
ブログに書けてないけど、
突然ですけど、



私、皆さんのブログ大好きです♡



ふと思ったんですが、
もしもね、私が病気で暗い時に
ブログで楽しいことを書くのは
不謹慎とか思って書かない人が
もしいたら、そんなことは
ないから是非ブログを続けてくださいおねがい
考えすぎだったら、ごめんなさい!



そりゃ、羨ましいなーって思うことは
ちょこっとあるかもだけど、
みんなのブログを読むことで
いつも元気をもらってます!(^O^)/

元気になったら、
私もここ行きたいー!
私もこれしよー!
って思えるし!!


なにより、病院にいて
楽しい話題の少ない中、
皆さんの励ましのメッセージと
皆さんの楽しいブログは
私に笑いを与えてくれます。o(^▽^)o
笑うことって、免疫を上げるのにいいんだって!


メッセージもありがたく読んでます。
個別メッセージも読んでます!
携帯アプリからどう操作して返信するのか
わからないので、返信できてませんが。。
ごめんなさい。(ーー;)



皆さんのblog、
これからも楽しみにしてまーす!
先ほど、家族が来てくれて
先生から病気のことの話を聞きました。


今のチョイスは3つ。
1、このまま非寛解の状態のまま移植
2、再寛解導入して寛解後移植
3、再寛解導入しても非寛解の状態で移植


この場合、1.3の生存率20%
2の生存率30%

移植しなければ化学療法だけだと一年以内に×。
でも移植リスクもあるので、もしかしたら
移植をしたら寿命を早めることになるかも。
例えば7月に移植したら7月に×。とか。
あと再寛解導入して寛解に入る可能性は40%。
非寛解でだめな可能性は60%。



と、そんな話を聞きました。
あと移植してもFLT3が消えるかはわからなくて
消えなかった場合、移植しても再発率が高いと。



考えてたよりも生存率が低いなと思いました。
でも移植しないと未来の命はない。
そして、白血病の他の人のブログを見てたら
生存率の数値なんて、関係ないんだ。
生きるか死ぬか。
私たちには0か100だけ。
と書いてあって、なんだか安堵しました。
そうだ。0か100だけだ!!




とりあえずは、今は
差し入れの本でも読んでリラックスしよー!
いつも遠くから来てくれる家族に感謝♡


転院2日目。
びっくりなことに
この病院、ごはんが美味しいです。笑
朝からクロワッサンとクリームチーズが
出てきて、目が点になりました。笑
前の病院は毎朝へにゃへにゃな食パン。
他のおかずも冷食ばかりで、まずかった。
ダイエット合宿に来たかと思ってました。笑
病院によって、こんなにも食事が違うのかと
びっくり!!!病院で
おいしいご飯が食べれるなんて幸せだなぁ。



ところで今日は腹部エコーをしました。
なーちゃんを妊娠してる時は嬉しかったエコー
今回はドキドキです。
なにせ肝臓の値がものすごーく悪いので。。
他の病気、やっぱあるのかなぁ。
でもエコー検査自体は痛くないので、大丈夫。
今日の夕方に昨日の骨髄液の簡単な結果が
でるらしくて、それまで治療はお預けなのです。
夕方、先生から話があるらしい。ドキドキ。



ところで、昨日書いた通り
生きて家に帰るつもりでいますが、
リスクがあるのはあるのです。


移植のための治療で亡くなるリスク20%。

成功しても
再寛解して移植した場合は、5年生存率50%。
非寛解の移植は、3年生存率20%です。

※寛解
骨髄中のがん細胞が5パーセントを下回る、もしくは末梢血(血管を流れる普通の血液)にがん細胞が検出されなくなった際のこと。抗癌剤を使って寛解させます。



私は若いし、もちろん生き残るつもりですが
最悪の場合は移植予定の7月に死ぬ可能性も
もちろんあるわけでして、不思議な気がします。
私は元気なのに、そういう場合も起こり得る。
あとは他の病気が見つかる場合もあるし。


じゃあ、何かやり残したことはないのか!?
食べたかったもの。
やりたかったこと。
とか思うと、不思議とない気がします。
なーちゃんと家族と生きるということを除けば。


そう思うと、今まで幸せな人生だったなぁと
思います。好きなだけ勉強して
好きな人と結婚して子供も授かり
タイにも住み、友人もできたし、
夫と旅行にもよく行きました。
幸せな人生で、後悔することはないなぁ。


ただ後悔はないけれど、
なーちゃんとティースケとこれから過ごせない
というのは一番の悲しいこと。


最悪余命2ヶ月。
最高は、おばあちゃんになるまで!
そんな状況だけど、家では大泣きしたけど
死ぬことの実感のわかないせいか、
今はその事実に
「そうか」とだけ言えるだけです。


やっぱ実感がわかないからだな。
なーちゃんの2歳のお誕生日
そして、来年の自分の誕生日に
自分という存在がもういないかもということが
きっと理解できてないのだと思います。



生きてることしか想像できない!
だけど、万が一もありうることは
心に留めておかなきゃなんだとも思ってます







今日はびっくりな1日でした。(;゜0゜)

今までのA病院に入院するつもりで
午前中に先生に会いに行ったら
予想外のことを言われました。
なんと、今朝、先生が私のために
もともと転院先に考えていたB病院に
問い合わせをしてくれたら


初回非寛解の患者は移植しても
成績が悪いから受け入れたくない。
また、そっちで再寛解導入して
寛解したら来てよ。


と言われたらしく、
温厚な担当医の先生が怒ってました。{(-_-)}
先生は


次回寛解できなかった場合でも、
移植を進めないといけない!
非寛解の移植はリスクが高いが
それでも移植しないと化学療法では治らない。
非寛解でも寛解しても
あと1ヶ月化学療法したら
次は絶対に移植に進まないといけないのだから
今から移植病院に転院して
タイミングを図るべきだ!!



と言ってくださり、
なんと朝から調べて電話しまくり
移植病院として超有名なC病院への転院を
決めてくださってました。


A病院はB病院と太いパイプで繋がっており
皆、地元のB病院に行くのが普通なのに
先生は私のために一所懸命に転院先を探し、

受付時間がもうすぐで1時間だけだから
早く行った方が良いですよ!

というために、今日は外来の日でもないのに
走って診療室まで来てくれました。
もう話を聞いただけで、
涙が溢れそうになりました。
本当にA病院に入院できて、この先生に
診ていただくことができて良かった。
先生、本当にありがとうございます。




そして午後は
車で1時間以上かけて移動し、
有名なC病院に入院しました。
ここは移植病院として有名なだけあり、
検査も色々するし、
移植に向けて調整して、頑張りましょう!
と先生たちが言ってくださいます。
無菌室もなん部屋もあります。
(なーちゃんは入れませんが。。)



今日の血液検査の結果は最悪で
土曜日8000だった白血球が
たった2日で3万2000に増えてました。
4倍です。私の癌細胞元気すぎ。
そしてガン細胞を調べるために
マルク(検査のため骨髄液を抜く事)を
またしました。
激痛で悲鳴をあげましたがね。。。
これ、白血病と付き合っていくなら
ずーっとやるんだよなぁ。いやだなぁ。



そして、今日の夕方、
なーちゃんとお別れしました。
なーちゃんは今回は理解したらしくて
ずーーっと私に抱きついて、大泣きして
ティースケにかつがれて帰りました。
これから毎日痛い治療があるのかもしれない。
どんだけ辛い治療が待ってるのか
考えるだけで恐ろしい。
でも、絶対に家に帰るよ!
と約束しました。


私のために尽力を尽くしてくれた先生、
看護婦さん、家族のために
絶対に生きて元気で家に帰りたいです。






と、まぁ、治療がまだ始まってないから
強気なのです。笑
始まったら愚痴るよー!ψ(`∇´)ψ
痛いのなんて大嫌い!!!


月曜に一時退院。
毎日美味しいご飯を食べて過ごしてました。



木曜日の夕方、
また寝違えたような首の痛み。
ソファで寝たからかな?


金曜日、まだ首痛い。
夜になると痛み止めを飲みたくなるほどの痛さ。
これって、入院前に自転車で転んで
3週間痛み止め飲んでた、あの症状と一緒。
もしかして自転車のせいじゃなかったのかな?


土曜日の朝、不安になり、
病院に行って、無理に外来で診てもらう。
血液検査の結果、
がん細胞が正常な白血球の30%見つかった。
その連絡が血液検査の人から電話かかって
くるまで、先生も寛解したと信じてた。
結果は、今回の抗がん剤では非寛解。
がん細胞は殺せなかった。



急性骨髄性白血病の場合、初回で
寛解になる可能性は70%とか。
なのに、私は非寛解。
そして初回で非寛解になると
移植してもリスクが高い。
もうドナーを待つ時間はない。
すぐに移植をするしかない。
先生は

「もう化学療法では100%治らない。
  移植しか出口はない。
  もう一度抗がん剤を使えば
   1ヶ月は時間を稼げる。」

でも先生ははっきり言わなかったが
非寛解で移植した場合の3年生存率は
20%か、それ以下です。
それとも、もう一回寛解導入したら
二回目で寛解できるのかな?
そしたら、移植リスクはどうなるの?
って、それにしても、たった1ヶ月の時間を
稼がなきゃいけないほど、
私には時間がないの!?
と、診察後、病院で大泣き。
家に帰っても、ずーーっと泣いていた。



明日の月曜に再入院することになった。
まだ、どこの病院かわからないけど。
というのは、今かかってる病院は
移植することができない病院だから、
転院しなきゃなのだが、
転院したい病院のベッドが空いてるのか。。
空いてなかったら、前と同じ病院。



木曜から入院かと思ってたら前倒し。
そして、毎回まさかの結果。
どうしようもないことで
逃げ道のないこと。
なーちゃんに会えるのが明日の朝が
最後になりたくない。
生きて帰ってきたい。



まだ兄たちのHLA(骨髄移植できるかの型)
とマッチするかわかってない。
だめなら臍帯血。
でも非寛解の臍帯血移植でも元気な人もいる。




とにかく明日いろいろわかります。