久兵衛さんとわ、Cubase10の事。

※Cubase10の使用方法を求めてここを読まれても全くお役に立ちませんので、あしからず。

 

うわああああ。

そやそや!!

そやった!!!

こりゃ、

あかんがな!!

image

おそらく、ほとんどの方にはご理解いただけないかも知れない話。

当方の世代でも、たまたま当方が当時、IT業界に身を置いたからだけ、

なんで当方の世代でもご理解いただけない可能性も高い。

 

まずは、上の画像。

先にもUPしたものだが、これはNECのPCメイトとかいう、

 

パソコン。

重い。

レスポールより断然重い。

 

まあ、電源さえ繋げば、重いかどうかは関係ないが。

 

当然、USBなんて概念もまだない時代。

 

当方の世代のエントリーは、

Windsowsもなく、

BASICやMS-DOSでパソコンを動かしていたワケで。

 

Windowsの凄さ、

は何だったか?

今や、

当たり前のことだが。

 

当時のパソコンは、シングルタスク。

これを画期的に変えたのが、

Windowsのマルチタスク、なる概念。

Windowsが登場する前の時代、

MS-DOSでは、アプリを一つ立ち上げると、

他のアプリに切り替えて使うことができなかった。

 

いちいち、アプリを終了させてから、別のアプリを立ち上げなければならない。

だから、ツァイト社のJGなるアプリでは、一つのアプリ内に複数のアプリを組み込み、

dbソフト社のP1エグゼなるアプリは、複数のアプリを組み合わせて、

一つのアプリとして使用できるようになっていた。

 

懐かしい名前だなあ・・・


ツアイト

デービーソフト

管理工学

ジャストシステム

ハドソン

・・・・

石丸マイコンセンター

ラオックスTheコンピューター館

 

そんな時代に

Windowsが登場。

マルチタスク。

パソコン上に、いくつもの「窓」を開いて、切り替え使える。

窓にはそれぞれにアプリが・・・・

いちいちアプリの終了、起動を繰り返す必要がなくなったのだ。

これは革命だった。

※当時は、アプリではなく、ソフトと呼んでいた。

ハード(機械)とソフト(ソフトウェア)。

結構なじんだ言い分けだった。

まあ、アプリケーションソフトウェアの頭を取ったか、ケツを取ったか、の違いだが。

 

ともあれ、Windowsは、

画面上に、いくつもの窓、

まさにWindow「s」があって、

マルチに使える、と言う、革命。

 

ちなみに、Windowsは、MS-DOSの上で走るOS。

OSの上で走るもう一つのOS。

 

なんて、余談だが。

 

当時、ハードディスクが、1MB=1万円といわれた時代。

インターネットもなく、電話機にカプラーを付けてパソ通してた時代。

ニフティサーブとか。

 

ともかく、これは、大昔に使っていたPC。

Windowsは95だと思う。

流石に3.1ではないような記憶。

ダイヤルアップ(アナログの電話回線)で、インターネットに接続していたもの。

 

さて、後先考えると、このPC立ち上げるのが面倒と感じていた所、


ふと見ると、フロッピーディスクが挿入されている。

 

で、このPCで高校時代から大学時代に自作した曲のようなもの、をMIDIに打ち込んでいたのだ。

というか、最後の方は、このパソコンはそれ専用になっていたのだ。

 

既に20年以上は前の話で、

相当朧気な記憶なんだが、

なんとなくハードディスクではなく、フロッピーにMIDIデータを保存していたような。

もしかしたら、使っていたDTMソフトの独自形式かも知れないが・・・・

いずれにせよフロッピー挿入されていて、それに保存していたような記憶。

 

お、ラッキー。

 

と、フロッピーを抜き出した。

ラベルは、間違い言葉の辞典・・・とか、

囲碁入門、

なのだが、ラベルを外すのが面倒で、これに保存していたと思う。

 

ともかく、

 

Windsows10の久兵衛さんにデータを移すことができれば、ラッキー。

 

いそいそと今使っているパソコンにUSBのFDドライブを接続して、読み込む。

「カチャカチャ・・・・」

 

?????

 

あれ?認識しない。

 

で、冒頭の

 

うわああああ。そやそや!!

そやった!!!

あかんがな!!

 

となる。

 

さて、ここで、フロッピーの写真にある。

 

NEC Corporation 1995。

 ここに非常に重要な意味があるのだ。

 

ここで、「あっ!」と気づいた方は、当方と同年代で、
かつ、大昔からパソコンを使っていた人。
 
そう、この3.5FDは、1.25の2HD。
近年もののFDドライブは、
当然に1.44の2HD対応。
 
1.25、1.44は、容量。
メガバイト。
 
その他、どちらでも読める2DDなる規格もあったが・・・・
これは容量が0.7MBと、非常に少ないのだ。
 
なんせ、要は、読み込めなくて当然なのだ。
 
フロッピーは1.25で、ドライブは1.44対応。
そう、
規格が異なるのだ。
 
1.25MBだろうが、1.44MBだろうが、
今ではワードの1文章も入らん容量だが、当時は皆、これを使っていた。
 
ともかく、写真のフロッピーは、1.25のNEC規格だと言う事を思い出した。

大昔は苦労したものだ・・・・
 
いやあ、懐かしい・・・・
 
当方の時代、パソコンと言えば、
日本では、NECが圧倒的なシェアを持っていた。
NECと、そのコンパチ機だった、EPSON。
この2メーカーが強く、かつ、1.25チーム。
 
この2メーカーに対抗していたのが、
IBM、日立、東芝、三菱・・・・
富士通はどうだったか?朧気だが、
確かIBM系列の1.44だったような・・・・
FMTOWNSなる独自のPCを出していたので、ちょっと記憶が曖昧。
シャープと富士通は独自の道を歩いていた。
が、シャープは、1.44チームより。
 
ともかく、NECに対抗するため、
IBMを中心とする1.44チームはOADG協議会なるものを立ち上げて、頑張っていた。
その後、国内マーケットに参入した、
USのコンパックやDELL、HPなどのメーカーも1.44チームに参加するワケで。
 
当時は、バブルの絶頂。
 
NECとしても、トップシェアの立場から、
他社を排除する独自DOSのアーキテクチャで頑張っていたのだ。
要は、ガラケーと同じ構図。
 
NECがガメツク市場を囲っていた、
と言う雰囲気に思えるかも知れないが、
さらに遡ると、そうでは無い事が分かる。
 
他社排除と言う意味では、パソコンが普及する前には、
パソコンの前身ともいえるワープロ機(文章だけ、ちょっとした表くらいなら作れる)
と言うものがあった。
パソコンと違って、
スクラッチで各メーカーが開発していたワープロはデータの互換性など全くなかった。
 
そこでは、
 
「富士通のOASYS」と「キャノンのキャノワード」なるワープロが強く、
「文豪シリーズ」で頑張っていたNECは遅れをとっていたワケで。
特にOASYSは、官公庁御用達で、NECなど完全に排除。
 
そんな現状に対して、
 
もっと便利なパソコンで勝負に出たNECは、孤軍奮闘しながら頑張っていた。
 
そこで、ワープロで辛酸を舐めたNECに他社排除、と言う発想があるのは当然と言えば当然だろうなあ。
 
しかしながら、
NECのアーキテクチャは、バブルの崩壊とともに、最後は、取り残されてしまう、の図。
NECコンパチだった、EPSONは、巻き込まれの図式。
 
EPSONは苦労していたと思う。
 
NECも積極的にアーキテクチャを公開していたワケではないので、
NECに対応するソフトが、確実にEPSONのコンパチ機で動くとは限らない、という悪条件の中、頑張っていたと思う・・・。
 
とか、想い出に浸っているが・・・・・
 
現実として、
ラッキーと思ったFDが数十年越しで、悩みの種になろうとは。
 
3WAYのドライブを入手するか、その他の方法を考えるか・・・
 
今であれば・・・
フラッシュとかSDカードに移せば?とか。
メールで送れば?
 
なんだが、そもそもUSBたる概念など、まだない時代のシロモノ。
 
データをメールで転送できれば良いのだが、
このPCのモデムはアナログ電話回線しか使えない筈。
デジタル機器だが、こういう場合、とてつもなく困るのだ。

電子機器がそこにあって、記憶媒体にデータがあるのがわかっている。
最新の機材も揃えている。

にも、関わらず、データの読み込み一つ、できない。

いつか観ようと思い、録画していたビデオテープ。
まだ、機材はあるが、アナログの接続なんかも、いずれは環境的に難しくなるだろうなあ。
 
おそらく、一番簡単な方法は、分解してハードディスクを取り出して、
コネクターを噛まして、今のPCに接続。かも。
とは言え、
内臓ハードディスクそのものも、構造は同じだが、
外部に接続するインタフェイスが異なるので、これも簡単ではない。
 
ADSLすらない時代のパソコンなんで・・・・はてさて。