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ドイツ語圏生活25年

あっという間に1/4世紀。
楽しいことも、つらいこともいろいろあったなぁ。
忘れる前に記録しておきます。
書こうと思ったきっかけは乳がん闘病。
辛さもうれしさも分かち合えたら、
私の経験が何かの参考になればうれしい。

ウィーンは「世界で住みやすい都市」

ランキング1位なのに

「世界で最も不親切な都市」

に選ばれたりもする。

 

 

街自体大きくなくて小回りが利くし、

社会福祉も充実していて

確かに暮らしやすいけれど、

住民の中には驚くほど不親切、

礼儀知らず、無責任な人も多いのは事実。

 

これに関しては闘病テーマではないところで

改めて書きたいと思う。

 

医療従事者にも例外はなく、開業医、

特に健康保険が効く医者の受付や看護師には、

この人のせいで、もう2度とここには来たくない

と思わせる人がかなりいる。

 

病院もしかり。

感じの悪さにうんざりする。

失礼な対応をされても

こういう対応は当たり前だと

だんだん自分の感覚も鈍ってくる。

 

しかし、ガン病棟と放射線科の

看護師さんたちは皆笑顔で感じがよく、

礼儀正しかった。

 

ここはウィーンではない、

と錯覚させくらいだった。

特別に訓練されているのだろうか?

 

放射線科では毎日受付の前を通るたびに

素敵な笑顔で挨拶してくれた。

あの笑顔のおかげで4週間乗り切れた。

 

「笑顔がお薬」とはまさに

このことをいうのだと思った。