地震は、予測不可能だか
気象庁の毎年の様に聞くあの言葉
50年に一度の豪雨、観測史上初の〇〇

台風と梅雨前線は、ある程度予測できる
のに、大災害並の死者数や被害状況。
政治家のお決まりのお悔やみと対岸の世間から
は災害募金が始まる。

梅雨も台風も毎年必ず来る自然現象に
対してあまりにも無防備で、素直にひれ伏して
しまう様な感じは、自分は好きではない。

もっと災害と対決する意識があっても
良いのではないか?

川岸で生まれ育った私からみると
毎年の台風シーズンから色んな事を
学んできた。怖い思い出の記憶と共に。

あまりにもあっけなく、やられて
被害数字のカウンターと映像の垂れ流し
の繰り返しは、
対岸の安全な人々が、もはや居なくなったら
誰に対して伝えるつもりなのだろう?

安全と言われている場所で
事件は起き、
自然なのか人災なのか
曖昧なままの無機質な数字だけが
今日もメディアのタイトルになる...

人間ってもっともっと
藻搔いたり、良くも悪くも足掻いたり
するのが、人間らしい訳で、

あまりにもあっけなく
やられてしまう
諦めのドキュメントだけならば、
誰かに伝える必要は、ない。

自然災害で、被害がでるのは
ホントにそうならない様な
イメージや、対策を普段からしてきた
結果なのだろうか?

何十年に一度の〇〇、未曾有の〇〇
は、たんに諦めのドキュメントに
なってないだろうか?

被害は色々な努力の
結果ありませんでした!という
ニュースをいつか見てみたいものである。