こんにちは。



本日は計画有給です。

仕事が一段落し、休めるというタイミングでこうしてお休みをいただきます。




最近、秋の長夜の影響か本を読む衝動に駆られ、Amazonのワンクリック注文に誘惑されポチポチと押してしまう次第です。

知識は資産と勝手に思ってるのですが、本を読むことは自分の経験するであろう苦労を先越して考えるいいきっかけになります。

この程は、投資について深く勉強するようになりました。



十分な資産を形成することは、並大抵の努力では賄えない部分があると最近思い知らされています。

なんせ、他の人と違う道を進もうとしているのですからあたり前のことと言えば当たり前です。

いい加減と言っても、まだ就職して間も無いですが、サラリーでお金を作ることに飽き飽きしてきました。。

お金はそれなりにもらえますが、欲している知識や経験が十分に得られない環境に置かれています。

このままここに居座っていいのか。

熟考した結果、答えはNOでした。



この状況から抜け出すには、自分から動けばいいだけなんです。

なかなか安定した場所から不安定な場所へ移行するのは大変な決断が必要ですが、

私の場合は、そんなに苦労することなく決断できました。

言ってしまえば簡単ですが、普通の人は大志を抱くことが難しいものです。

そういう教育や環境のもとで育ってきてしまったから…。



学校に通って勉強するスタイルは、昔は良かったかもしれませんが、

今の現状ではむしろ間違った方法を学ばされている機関と言わざるを得ません。

国の良いように、お金持ちの良いように…。

そう仕向けられている国家機関です。

ただ、勉強することが悪だということでは決してありません。

勉強することこそ、社会や自分自身を豊かにする最善の行為ですから。



要は、今何を学んでいるか明確にすること。

そして、自分はどういう勉強のスタイルが相応しいか、

それを知るために小学校から高校、或いは大学まで必死で勉強するのです。



高校までの勉強は、覚えてしまえば誰でも出来てしまいます。

教鞭をとっていた時期もありますので、このことは確実に言えます。

個人差はありますが、俗に言う勉強ができる人は、要領が良かったり、記憶力が良かったり、先生に好かれやすい体質だったり…

そういう人は、東大でも京大でもハーバードでもマサチューセッツでもオクスフォードでもどこへでも行けばいいです。

放っておいても勉強は出来ます。

特段偉いなとも思いません。

器用さに任せている部分が多いですから。

当たり前のことをやってのけたのみです。



私が本当に偉いなと思う子供たちは、

勉強ができなくても必死で勉強して、少しでもいい点を取ろうと努力して、

少しずつ勉強が分かってきて、「自立して勉強ができる」ようになっていく姿です。

特段、良い高校、良い大学を目指す必要はありません。

名前だけにコンプレックスを抱く必要なんてありません。

そんな時代は終わりました。

個々それぞれに合ったステージで「自分で」勉強すればいいのです。



勉強はさせられるものではありません。

知識欲に対して能動的に行う行為で有るべきです。

そういう人は、学歴云々関係なく伸びます。


いつまでも受動的な教育を続ける日本や先進国各国は、

子供に対して「大志を抱く」意志を育てていません。

もちろん一概に全てとは言えませんが、今でも時代に逆行してそういう大人ばかりを育てることに明け暮れています。


これからは個々を如何に伸ばすかの時代。

それぞれがビジネスを持つ時代に変わっていく変遷期になっています。

自分の飯は自分で賄う。

まだまだ雇われの身でこんな仰々しいこと言っていいのか分かりませんが、

私も、自分に合ったビジネスを持ちたく勉強中でございます。



今でも学歴で人を選ぶ愚か者がうようよ居ますが、

大事なのは、継続して能動的に勉強を続けられる人材で有り続けられるか。

そういう大人で在りたいと思っています。




お金が無いと勉強はできない

寂しいですが、現実のようです。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091013/188159/?rt=nocnt




愛媛県は私立の中学校・高校が少ない為、小さい頃からお受験お受験と奔走するご家庭は殆どありませんが、

一般的に受験となると、勉強させるために塾へ通わせるという論理が働くようです。



いろんな生徒を見ましたが、小さい頃から勉強をさせられてるなと感じる生徒は、

どこかしらの時期で伸び悩みが発生しているのをよく見かけます。

今、何の為に勉強しないといけないのか、お受験を控えるお子様をお持ちの方も、きちんと動機付けをお願いします。



基本的に私は、勉強は本人が始めたいと思った時期に始めれば良いと思っています。

それまでは子供のうちにしかできないことをたくさんやって、

勉強しないといけない動機を見つければいいんです。



パパとママはどうして毎日働かないといけないの?

どうして105円なの?

宇宙に行きたい!

お医者さんになりたい!



そんな大人にはない感性でいろんなことに気付ける間にたくさん気付く訓練をして、

その感性を生かせる職業に就いて欲しいものです。





さて、話題から大きくズレましたが…



ゆくゆく私は、勉強したいけど勉強が出来る環境にない子供たち、

或いは、勉強出来る環境にないまま大人になってしまった方々に

勉強が出来る環境を提供していきたいと考えています。



『経済格差による教育格差を無くす』



これは、まだまだ先になりそうなのですが、私の当面の夢です。




ただ、ひとつだけ。

お金がなくても勉強できる環境は必ず日本であれば備わっています。



図書館。



昔の人は、勉強したいと思えば図書館に通いました。

自分にない知識は他人から吸収すればいい。

静かで過ごしやすい。

無限と情報がある。

これだけ良い環境が詰まりに詰まって無料です。

こんな良い環境はここしかありません。





ただ教えてくれるのが勉強ではありません。

いくら良い先生が良い授業をしたとしても、自学自習できなければ勉強はできるようになりません。

自分で目的を持って、これを勉強したいからこれをやる。

そう目的意識を持つことが大切です。

継続的に勉強を続けるには大事な要素です。





私は勉強ができない。

そんなことありません!

簡単に諦めないでください(*´ω`*)



ちょっとした目的意識と環境があれば変われます。

勉強は息の長い付き合いです。

いきなり今詰めてやるのではなく、少しずつ積み重ねていきましょう。




子供はいつだって親の背中を見て育つ。

俗に言う良い家庭環境に育った子供は、大概大人になっても良い家庭環境を築いていける。

良い家庭環境の定義は難しいが、バランスの取れた家庭というべきでしょうか。



一言にバランスと言ってしまったが、そんな都合の良い環境が存在するなんて稀だ。

ご両親自身は一生懸命に子育てをしているに違いないと思いたいが、

そのベクトルは常にいい方向に向かっていることはありえない。

3歩進めば2歩下がるくらいがいい相場だろう。

そういう繰り返しを経て、良い環境は出来上がってくる。



良い家庭が築けているなと感じるご家庭は、まずはご両親ともに礼儀正しい。


礼儀正しい=周りに対して気が遣える=心の余裕がある=よく気付く・よく見ている・よく考えている


お話をさせて頂いて深く考えてるなぁと感心させられる。

こちらとしても、そういうお方とお会いしたときはものすごく緊張するが、いい時間を頂いたと幸せになれる。




しかし、不安定情勢真っ只中の現日本社会はひどく残酷で心の余裕なんて持たせてくれやしない。

常に共働きで帰宅は深夜という過酷な環境下で子育てに奮闘していらっしゃる方が殆どだろう。

そんな中でも心の余裕を持った子供を育て上るという相反することを成し遂げなければ、いつだって環境は変わらない。

自分と同じ苦労をさせたくない、そう思うご両親には、まず子供に勉強をさせてほしい。

勉強は「考える」という重要な問題解決手法を学べることができる。

そこから「心のゆとり」が生まれ、ゆとりから更に深く考える時間を持つことができるようになる。

(本来のゆとり教育の本質はそこにあったのだが、指針通りにはいきませんでしたね…。そりゃそうです。プロセスが間違ってますから。勉強せずしてゆとりなんて生まれないのですから。)

既存の枠に囚われることなく、新しい華麗な発想を繰り出す柔軟な大人になってほしいと願って止まない。




本来、学校では上記のことを教える機関として機能すべきところですが、

なかなかそういうアツい教師は見ない。

無難にそこそこという教師が多かったと振り返る。

そういう教育の格差を埋めるための塾というのがひとつのコンセプトだ。




『勉強をしながら、心の豊かさを会得する。』



何から学ぶかはそれぞれ。

そのそれぞれを短い間に一緒に探して、一緒に成長しましょう塾。

いかがでしょうか。



初めまして。

訪問いただきましてありがとうございます。



1回目ということで、まずは自己紹介をします。


愛媛県在住

1987年生まれ、現在24歳

ハンドルネーム『Teddy』



小、中、高、大、社会人と経歴は至極普通。

少しだけ周りを観る力を授かり、楽をしたり、苦労をしたり。



大学4年間、塾講師として教鞭を執る。

短い間ではあるが、たくさんの子供達と出会った。



その中で強く思ったことは、

それぞれの子供たちには平等に能力が備わっているということ。

その無限大の能力を引き出すのが私の仕事であった。



学校の勉強が出来るから、出来ないからなんて本当に小さいことだ。

その勉強が出来たからって偉いわけでもなんでもない。

机に向かってガリガリ勉強させられる期間なんて、人生の中でたかが知れている。



ただ、自分の成りたい姿を見つけて大きな夢を抱いた時、

その時、ちょうどその時、

ただひたすらに夢に向かって学習することができるか。

これが教育者として伝えなければならない本筋だと私は思っている。



世間は実に寂しい。

ふと周りを見渡せば、下を向いて手元の中の世界にどっぷり浸り、それに満足してしまっている大人がたくさんいる。

正に、現日本の象徴である。



例えが極端すぎたが…

私が関わる子供たちにはこういう大人になってほしくない。

うつむきかけたその寂しそうな顔を、時間をかけて丁寧に笑顔にしていきたい。



そんな塾をコンセプトに一会社員が起業を目指してぼやいていくblog。

志は常に高く。

ひとつひとつを形にしていく過程にご協力ください。





よろしくお願いします。