フリーターという働き方は最高に幸せ、と京都の名士
「日経ベンチャーonline」上に掲載されている「みんな、フリーターになったらいい」と題された記事が..........≪続きを読む≫


フリーターという言葉のなかった時代、ルンペン(乞食)は3日やったらやめられないという言葉があった。


私も4年生の大学を卒業後業界2位の大手証券会社に入社当時の言葉で言うひかれたレールに乗っかった。


後に地場受けという(証券会社の人間が自分で株を買うこと)で数千万の損を出し、自分の人生を吹き飛ばしてしまった。


レールからドロップアウトした自分が、いかに地に落ちたかは、たまたま10万円程度の革のコートを購入する機会に思い知る。


大手証券会社の金看板を持っていた自分は当時数千万でも、金融機関からお金を借りることができた。


しかし金看板を下した瞬間、10万円たりとも借りることも、ローンを組むことも許されないちっぽけな自分になっていた。


よく『信用を作るのは時間がかかるのに、失うのは一瞬だ』と言われるのが他人事であったものが、自分のことになった瞬間だ。


その後世を儚み、元の自分にはもう戻れないと思った自分が、公園生活者になるのは時間はかからなかった。



それから6か月、公園での生活は快適であった。お金に追い立てられない、人に頭を下げない、人に振り回されない・・・



しかしながら、当時の彼女がどういういきさつかは知らないが、私の居場所を突き止め、『さようなら』と私の手に1万円札をそっと忍ばせたとき、『気がついた』


自分の楽を考えていては、誰も幸せにすることはできない、誰からも『貴方がいてくれてよかった』という自分は起こりえない。


人は自分ひとりで生きていくものではない。人と共存共栄するためにあり、誰かのために、命がけでこれを守ったり、幸福を誰かと共有することを実現するために、生まれてきたのだと。



その日、私は公衆電話から自宅に電話し、捜索願を出し心配をしてくれた親の元に帰り、すべての人に対し失った信用を回復すべく立ち上がった。



それから10数年、まだまだこれを返すに至っていない自分を考えると、フリーターで自分のことのみしか考えない生き方はどこかで周りの支えてくれたに人々に対し返していくべきつけは夥しいものになっていることでありましょう。


私は生きている間このつけを返し続けることでしょう。