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都立小金井公園内にある蒸気機関車です。

改修工事の為、しばらく公開されていませんでした。

C57型は、1937年~1947年までに201両が製造されました。

細いボイラーと大きな動輪で近代的なスマートさを持ち、

蒸気機関車の『貴婦人』と呼ばれていました。

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この展示してあるC57186は、昭和21年に三菱重工三原製作所で製造され、

山形を振り出しに酒田、新津、九州の人吉、宮崎、最後に北海道旭川へと、

車暦を重ね、昭和49年まで活躍していました。

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ディーゼル機関車や、電気機関車の普及などで、

国鉄は1975年に旅客、貨物のSLによる営業運転を終了しました。

おじいちゃんの話「なんで今の人は蒸気機関車なんかに興味があるのかね~」

        「窓を開けてればススが入るし、弁当も食べられない」

        「トンネルなんかに入ったら真っ黒けだ!」 

        「汽車なんかはも~真っ平だね~」

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作曲家の船村徹先生が言ってました。

      「列車は人を運ぶんじゃないよ、人生を運ぶんだよ」って。

       演歌ですね~。
 
 夜汽車の窓に自分の顔が映ります。

    遠くに流れる町の灯りに、故里の父と母の顔が浮かびました。

  「向こうに着いたら手紙をおくれよ」母の声が耳に残ります。

   なぜか町の灯りがにじんで見えてきました。

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機関車の運転室です。

釜焚きの石炭投入口が見えます。

夏の暑い日は何度くらいになったのでしょう。

人と機械の格闘の場所です。

日本の鉄道時刻の正確さは世界トップレベルです。

当時の国鉄マン(ポッポヤ)の心意気が感じられます。